外部の相談窓口を社内に案内したあと、従業員から「本当に会社には伝わらないんですか」と聞かれることがあります。
伝わりません、と言い切って構いません。理由は、相談窓口に守秘義務があるからだけではありません。健康に関する相談の結果は、会社であっても本人がいいと言わない限り受け取れないからです。
本人や周りの人の命や体が危なく、本人の同意を得るのが難しいときは、必要な範囲で会社に伝わることがあります。
ただ、従業員が少ない会社にはもうひとつ心配があります。名前が伝わらなくても、数字だけの報告で誰のことか分かってしまうことです。
会社に届くもの、届かないもの
外部の相談窓口やEAPを会社が契約した場合、ふだんの利用で会社に届くのは、利用件数や相談テーマの統計だけです。誰が相談したか、何を相談したかは届きません。何をどこまで集計して報告するかは契約で決まるので、自社の契約は確かめておきます。
従業員
自分の判断で相談する。会社を通さない
外部のカウンセラー
相談を受け、記録を預かる。相談の中身はここで止まる
会社
統計を受け取り、職場の環境づくりに使う
壁の内側で止まるもの
- 誰が相談したか(氏名・所属・使った事実)
- 相談の内容
- その人の相談回数・時間
壁を越えて届くもの
- 利用件数・相談テーマの統計
- 本人が会社の対応を求め、同意した範囲の報告
- 命や体が危なく、本人の同意を得るのが難しいときに、会社が知る必要のあること
個別の情報が会社に届くのは、本人が会社に動いてほしいと望んで同意したときです。ハラスメントの相談で本人が会社の対応を求めた場合や、休職・復職で仕事量や配置を調整する必要が出た場合がこれに当たります。どのような範囲で会社に共有するかは、本人の意思によって決まります。
本人の同意がなくても伝わることがあるのは、本人や周りの人の命や体が危ないときです。個人情報保護法は、本人の同意を得ずに情報を第三者へ渡してはならないと定めたうえで、いくつかの例外を挙げています。そのひとつがこれです。
人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
たとえば、本人が自分を傷つけるおそれがあるときが当たります。厚生労働省の指針も、緊急のときは「本人の同意を得ることに努めたうえで」情報を使うべき場合があるとしています。話せる状態なら本人に伝え、同意を得ようとしたうえで動きます。
会社であっても、勝手には受け取れない
「相談窓口には守秘義務があるので安心してください」。この説明は間違いではありませんが、会社が守るべき法的なルールもあります。
労働安全衛生法にもとづく厚生労働省の指針は、会社が「健康相談の結果」を集めるには、あらかじめ本人の同意が必要だとしています。引用の「③」は健康相談の結果を含む区分、「事業者」は従業員を雇う会社です。
(9)の表の③に分類される心身の状態の情報を事業者等が収集する際には、個人情報の保護に関する法律第20条第2項に基づき、労働者本人の同意を得なければならない。
従業員に伝える際は、単に「秘密は守られます」と抽象的に説明するよりも、「相談窓口が外部に話さないだけでなく、健康相談の結果は会社側も本人の同意なしには受け取れません」と、双方に課されたルールを具体的に示すと安心につながります。
従業員が少ないと、統計でも誰か分かってしまう
「個人が特定されない統計のみを報告します」。この説明は、人数の少ない会社では足りません。
「今月の利用は1件」という数字だけなら、誰のことかは分かりません。分かってしまうのは、その数字と、職場がもう知っていることが重なったときです。
最近休みがちな人がいる。上司との面談のあと様子が変わった人がいる。そこに「先月は0件、今月は1件」が加わると、あの人ではないかと見当がつきます。当たっているかどうかは別として、従業員が「自分だと分かってしまう」と感じれば、窓口は使いにくくなります。
国も、少人数で集計すると個人が分かるおそれがあるとして、ストレスチェックの集団分析に配慮を求めています。相談窓口の報告に直接あてはまるものではありませんが、報告のしかたを運営者と決めるとき、何を求めればよいかの手がかりになります。
- 0件の期間と件数の少ない期間を、同じ書き方にそろえる。0から1への変化がそのまま見えないようにする
- 毎月ではなく、3か月や半年でまとめて報告する
- 相談テーマを細かく分けすぎない。「職場の人間関係」で止め、部署名や役職と組み合わせない
これらは一律の法的な義務というより、組織の規模に合わせて事業者と個別にすり合わせるべき項目です。報告を細かくするほど、個人は推測されやすくなります。契約の前に確かめる項目は中小企業の相談窓口・EAPの選び方チェックリストにまとめました。
決めた内容は、従業員にも知らせます。安心して使えるかどうかは、そこで決まります。社内への案内文のひな形は相談窓口の社内周知文テンプレートに用意しました。
※ 出典: 個人情報の保護に関する法律第2条・第20条第2項・第27条第1項、労働安全衛生法第66条の10、労働契約法第5条、公認心理師法第41条・第46条(いずれもe-Gov法令検索)、2026年9月8日閲覧。厚生労働省「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」、2026年9月8日閲覧。厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」、2006年3月、2026年9月8日閲覧。厚生労働省「心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」、2026年8月20日閲覧。厚生労働省「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」、2026年2月、2026年9月8日閲覧。本人の同意なく第三者へ渡してはならないこととその例外は個人情報保護法第27条第1項、要配慮個人情報の取得の同意は同法第20条第2項、「健康相談の結果」を集めるときの本人の同意は心身の状態に関する情報の取扱い指針、緊急のときの取扱いは心の健康の保持増進のための指針、少人数の集計で個人が分かるおそれはストレスチェック指針による。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。