期日が近いのに、進み具合の報告がない。同じ確認を忘れたのが、これで三度目になる。それでも、部下がようやく何でも話してくれるようになったのに、と思うと、指摘を飲み込んでしまう。
言いやすさを守るには、求める水準を下げるしかないのでしょうか。
エイミー・エドモンドソン(ハーバード・ビジネス・スクール)は、チームの心理的安全性を研究してきました。心理的安全性を大事にすると、メンバーのアカウンタビリティ(成果への責任)が損なわれるのか。この問いに彼女は、両者は片方を取れば片方を失う関係ではなく、そう見るのは「誤ったトレードオフ」だと答えています。
心理的安全性は、成果が出なくても何も問わない、ということではありません。力量のあるリーダーは、優れた成果に報い、足りない成果には見合った対応をとりながら、先の見えない仕事で避けられない誤りは受け入れることができる。これが彼女の研究から見えてきたことです。
両立させたい厳しさとは、人に厳しく当たることではなく、求める水準を上げ、やると決めたことを守ってもらうことです。安全と基準の高さを2つの軸で捉える見方は心理的安全性を高める3つの実践にまとめました。今ある言いやすさは変えずに残し、基準だけを上げることはできます。
言いやすさを壊すのは、基準の高さより問い方
エドモンドソンの定義では、心理的安全性とは、高い成果目標を追う中で、間違えたこと、質問したこと、助けを求めたことを理由に、誰も罰せられたり恥をかかされたりしないことです。低い目標で済ませることは、この定義に含まれていません。
言いやすさを壊しやすいのは、期待を言葉にしないまま、結果だけを責めることです。もう1つは、何が起きたかにかかわらず、人を責めることです。
ただし、水準にも上限はあります。その目安は次の1で示します。
1. 求める水準を言葉にし、本人と合意しておく
「もっとちゃんとやってほしい」「スピード感を持って」。この言い方では、何が足りないのかが相手に伝わりません。後になって期待に届かなかったと言われても、相手には何を基準に言われているのかが分からないままです。
基準を上げる最初の一歩は、期待を具体的な言葉にして、先に伝えておくことです。
- 何を(成果物・行動)
- いつまでに
- どの水準で(「数字の確認を済ませた版」「そのまま取引先に出せる状態」のような仕上がりの姿)
Googleが社内の180チームを調べた研究でも、チームがうまく働くかどうかを左右する要因の1つに「構造と明確さ」が挙がっています。仕事で何を期待されているか、それをどう果たすかを本人が分かっていることです。
目標は経営者・管理職が示し、やり方はメンバーに聞いて決めます。エドモンドソンは、多くのチームでメンバーの意見がより役に立つのは、目標そのものを決める場面より、達成の手段を考える場面だと書いています。
伝えたら、その中身と期日で引き受けられるかどうかを本人に聞きます。無理があれば、その場で中身か期日を調整します。ここで合意したものが、後で問える「決めたこと」になります。
水準の上限は、パワハラ防止の指針が目安になります。指針は、新卒採用者に必要な教育をしないまま到底対応できない水準の業績目標を課し、達成できなかったことを厳しく叱責することを、「過大な要求」に当たると考えられる例に挙げています。一方で、育成のために今より少し高い水準の業務を任せることは、当たらないと考えられる例に挙げています。個々の事案では判断が変わりうると、指針自身が断っています。
水準を上げるときは、届くための教え方や手本も一緒に用意します。
新しい基準は、誰かを注意する場で初めて口にするのではなく、全員に先に伝えます。注意の場で初めて聞かされた基準は、本人には前もって知りようがなかったものだからです。
2. 届かなかったときは、「うまくいかなかった」と「やらなかった」を分ける
期待に届かなかったとき、最初に確かめるのは、その期待を先に言葉にして合意していたかどうかです。していなかったなら、問うのではなく、1に戻って伝え直します。
合意していたなら、責める前に、決めた中身と起きた事実を並べて示し、何があったかを聞きます。聞いた答えによって、応じ方を2つに分けます。
何があったかを聞く
決めたことはやったが、うまくいかなかった
何が分かったかを一緒に確かめ、次の試し方を一緒に決める
決めたことを、理由なくやらなかった
そのことをはっきり伝え、次の期日と中身を決め直す
初めて取り組む仕事のように、やってみないと結果が読めない仕事では、手を尽くしてもうまくいかないことがあります。責めずに受け止め、何がいけなかったかを掘り下げるより、何が分かったかを一緒に確かめます。次の試し方も一緒に決めます。教え方が足りなかったと分かれば、それを用意します。
期日を理由なく過ぎた、決めていた確認を飛ばした、というときは違います。合意したことをやらなかった、とはっきり伝えます。そのうえで、なぜ起きたかを長く掘り返すより、次の期日と中身を決め直すことに時間を使います。決め直したら、次に確かめる日も決めておきます。
聞いた答えから、体調が悪い、眠れていない、仕事を抱えすぎている、といった様子が見えたら、約束の話はいったん脇に置きます。仕事の量を見直し、必要なら相談先につなぎます。その進め方は社員の不調に気づいたときの対応フローにまとめました。
3. パワハラとの境目は、行為を問うか、人格を否定するか
やらなかったことをはっきり伝えることと、人を責めることは別です。
厚生労働省のパワーハラスメント防止の指針は、「客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導」はパワハラに該当しないとしています。一方で、人格を否定するような言動は、「精神的な攻撃」に当たると考えられる例に挙げています。水準の高さについての境目は、1に書いたとおりです。
| 行為と約束を問う言い方 | 人を責める言い方 |
|---|---|
| 「金曜の期日を過ぎた。何があったか聞かせてほしい」 | 「いつもだらしない」 |
| 「確認を飛ばしたのは今月2回目。次はどう防ぐ?」 | 「この仕事に向いていない」 |
人格を否定しないことは、心理的安全性の定義にある「恥をかかされない」とも重なります。パワハラに当たるかどうかの判断の考え方(6つの類型と、当たる例・当たらない例)は、ハラスメント相談窓口の設置義務で解説しています。
問う場面でも、悪い知らせは聞き続けます。エドモンドソンは、成果や果たすべきことについての期待をはっきり伝えながらも、悪い知らせを聞く気がないとは思わせないことを求めています。遅れそうなら早めに言ってほしいと伝え、実際に早く知らせてくれたときには、まずそれに礼を言います。報告を受けたときの応じ方は、リーダーが心理的安全性を作る3つの瞬間で詳しく扱っています。
礼を言うのは早く知らせたことに対してで、問うのは合意したことを理由なくやらなかったことに対してです。別々の行為なので、同じ話し合いの中で両方を伝えられます。
※ 出典: Amy C. Edmondson「Managing the risk of learning: Psychological safety in work teams」(Harvard Business School)、2002年3月、2026年8月7日閲覧。Google re:Work「Understand team effectiveness」、2015年、2026年9月12日閲覧。厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)、2026年8月21日閲覧。心理的安全性の定義、心理的安全性とアカウンタビリティの関係、目標と手段、期待の伝え方の記述はエドモンドソンの同論文による。「構造と明確さ」の記述は Google re:Work による。パワーハラスメントに該当しない指導、「精神的な攻撃」の該当例、「過大な要求」の該当例・非該当例は同指針の2による。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。