「最近、あの人の様子がおかしい」と感じたとき、経営者や管理職が何をすべきかは、実はシンプルな5つのステップに整理できます。難しいのは、カウンセリングの技術ではなく、「自分が解決しようとしない」ことです。
50人未満の会社には産業医の選任義務がなく、人事の専任担当もいないことが多いため、気づいた人(多くは社長か管理職)が初動を担うことになります。このガイドはその初動のためのものです。
不調対応の5ステップ
1. 気づく
いつもとの違いに注目する
2. 声をかける
事実を伝えて気にかけていることを示す
3. 聴く
評価も助言もせずに聴く
4. つなぐ
専門の相談先・医療機関へ
5. フォローする
つないだ後も気にかけ続ける
緊急のとき
119/110、よりそいホットラインへ直ちに
1. 気づく — 「いつもとの違い」に注目する
不調のサインは、症状ではなく変化として現れます。以前のその人と比べて、何かが変わっていないか。
- 遅刻・欠勤・早退が増えた
- ミスや作業の遅れが目立つようになった
- 口数が減った、表情が乏しくなった、身だしなみが乱れてきた
- 昼食を取らなくなった、飲み会を避けるようになった
ポイントは「他の人と比べる」のではなく「その人の普段と比べる」ことです。変化が続いているようなら、次のステップに進んでください。特にバーンアウト(燃え尽き症候群)の兆候については、バーンアウトの兆候の見分け方がより詳しい切り口を示しています。
2. 声をかける — 観察した事実+「気にかけている」
声かけは、観察した事実と、気にかけていることをそのまま伝えるだけで十分です。
よい例 「最近、残業が続いているね。少し疲れているように見えるけど、大丈夫?」
避けたい例
- 「メンタル大丈夫?」(症状を決めつける言葉は、本人を身構えさせます)
- 「頑張りが足りないんじゃないか」(叱咤激励は逆効果です)
- 皆のいる前での声かけ(必ず1対1になれる場所・時間を選んでください)
その場で話してくれなくても、「気にかけている人がいる」と伝わったこと自体が意味を持ちます。「いつでも聴くから」と伝えて、いったん引いて構いません。
「大丈夫です」と返ってきたときは
声をかけても、「大丈夫です」で終わることは珍しくありません。無理に本音を引き出そうとする必要はありません。
- 変化が続いているようなら、期間を空けて改めて同じように声をかける
- 気づいた側(経営者・管理職)が、本人の代わりに地域産業保健センターなど外部の専門家に相談し、そこで得た助言をもとに次の対応を考える
本人が動かないからといって、そこで終わりにする必要はありません。
3. 聴く — 評価も助言もせず、まず聴き切る
話し始めてくれたら、遮らずに聴きます。ここでやりがちな失敗は、すぐに解決策を出そうとすることです。
- アドバイス・説教・励ましを急がない(「こうすればいい」は、聴き切ったあとでも遅くありません)
- 否定しない(「それは考えすぎだよ」は、相談の扉を閉じます)
- 秘密を守る。ただし、自殺をほのめかす言動、自傷行為、失踪など、本人の安全に直接関わる兆候が見えた場合は例外があることも、誠実に伝えてください(該当する場合の対応は、次の「4. つなぐ」内の「緊急のとき」を参照してください)
聴いた内容を「じゃあ、こうしよう」と自分で解決しようとしなくて大丈夫です。次のステップの「つなぐ」が、あなたの役割の中心です。
4. つなぐ — 解決しようとせず、専門の相談先へ
経営者・管理職は診断も治療もできません。無理に自分で抱えるほど対応は遅れます。状況に応じて、次のいずれかにつなぎます。
- 外部の相談窓口を設置している場合は、「会社には内容は伝わらないから、一度話してみない?」と紹介する。実際にどんな支援を受けられるかは外部カウンセリングとはで説明しています
- 体調の不良(眠れない・食べられない等)が続いている場合は、医療機関(心療内科・精神科)の受診をすすめる
- どこにつなぐか迷う場合は、会社として契約している専門機関や、地域産業保健センター(50人未満の事業場は無料で利用できます)に対応を相談する。外部の相談窓口をまだ持っていない場合は、選び方チェックリストを参考にしてください
経営者・管理職自身が「気づく人」であり、相談相手でもある場合
従業員数が少ない会社では、気づいて声をかける人と、話を聴く人を、同じ一人の経営者・管理職が兼ねてしまいがちです。この場合、一人で抱え込む前に、地域産業保健センターや契約している社会保険労務士・産業医など、外部の相談先とのつながりを日頃から作っておくことが望まれます。つながりが事前にできていれば、いざというとき自分自身が先に相談し、そこで得た助言をもとに動くことができます。
緊急のとき — ためらわずに
「死にたい」という言葉が出たとき、自傷行為がみられるとき、様子が切迫しているとき、あるいは連絡が取れず所在が分からなくなったときは、このフローを飛ばして直ちに動いてください。
- 生命の危険があるときは、119(救急)・110(警察)へ連絡する
- 本人がすぐ話せる窓口は、よりそいホットライン 0120-279-338(24時間対応)、またはこころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(都道府県・政令指定都市の相談窓口につながるため、対応日時は地域により異なります)です
- 本人をひとりにしない。可能ならご家族にも連絡する
5. フォローする — つないだら終わり、ではない
相談先や医療機関につないだあとも、業務量の調整や、回復を急かさない姿勢など、職場側でできることが続きます。具体的に何を調整するかはバーンアウトからの回復プランの作り方にまとめています。「その後どう?」と時々気にかけるだけでも、本人には「見放されていない」というメッセージになります。休職に入る場合は、休職中の連絡方法と復職の手順を、本人と早めにすり合わせておくとお互いの不安が減ります(復職支援の基本)。
なぜ初動が大切か — 安全配慮義務の観点
会社には、従業員の心身の健康に配慮する義務(安全配慮義務。労働契約法第5条)があります。不調のサインに気づきながら放置し、状態が悪化した場合、会社の責任が問われることがあります。逆に言えば、「気づいたら声をかけ、専門家につなぐ」という初動の仕組みがあること自体が、従業員を守ることにつながり、会社が安全配慮義務を問われるリスクを抑えることにもつながります。
※ 本ガイドは一般的な初動の考え方をまとめたものであり、医学的な判断を代替するものではありません。個別の状況については専門家にご相談ください。「いつもと違う」部下への気づき・声かけ・傾聴の考え方は、厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」および厚生労働省・中央労働災害防止協会「職場における自殺の予防と対応」を参考にしています。緊急連絡先・安全配慮義務の条文は厚生労働省の公表情報に基づきます。産業医の選任義務・地域産業保健センターの利用条件は、労働安全衛生法および独立行政法人労働者健康安全機構(JOHAS)の公表情報に基づきます。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。