心理的安全性はチーム全体で共有される感覚です。その高め方は心理的安全性を高める3つの実践で解説しています。ただし、その土台を最も大きく左右するのは、チームの中で最も強い立場にいる人、つまりリーダー自身の言動です。
なぜリーダーの言動が特に重要か
チームには必ず立場の差があります。役職、経験年数、評価する側とされる側という関係。この差が大きいほど、立場の弱い人が疑問や異論を口にする心理的なコストは高くなります。
心理的安全性の提唱者であるエイミー・エドモンドソンの議論を踏まえると、この差を埋める責任がより重く求められるのは、対人関係のリスクが最も小さい側、つまりリーダーの側です。リーダーが「自分は見落としているかもしれない」と率先して認め、意見を求める姿勢を見せない限り、立場の差はそのまま沈黙として残ります。
心理的安全性は「宣言」では生まれない
エドモンドソンは2025年、共同研究者のミカエラ・ケリッシーとともに、心理的安全性をめぐるよくある誤解を整理した論文を発表しました。その中で指摘されているのが、「心理的安全性を大切にしよう」という方針を掲げるだけでは何も変わらないということです。心理的安全性は、日々のやり取りの一つひとつの積み重ねで作られます。
同じ論文はもう一点、重要な誤解を正しています。心理的安全性は、リーダーが部下の意見に何でも同意することではありません。異論に同意する必要はなく、問題のある言動を容認する必要もありません。同意しないことと、相手の発言を歓迎しないことは別の話です。
1. 異論を言われた瞬間
自分の判断に異を唱えられた瞬間の最初の反応が、次に誰かが異論を言うかどうかを大きく左右します。
安全を壊す反応
- 「いや、それは違う」とその場で否定する
- 表情や声のトーンで不快感を示す
安全を作る反応
- 最後まで聞いてから「なるほど、その見方は考えていなかった」と受け止める
- 同意できない場合も「検討したうえで、今回は別の判断をする」と理由とともに伝える
異論を最後まで聞くこと自体が、部下の話を聴けるマネージャーになるにはで扱った、評価せずに聴く姿勢につながります。ここで大切なのは異論に賛成することではなく、まず受け止めることです。その場で遮る、表情で不快感を示す、といった反応が繰り返されると心理的安全性は損なわれますが、受け止めたうえで「検討したうえで、今回は別の判断をする」と理由とともに伝えれば、異論を言うこと自体が安全な行為として積み重なっていきます。
2. 悪い知らせ・ミスの報告を受けた瞬間
安全を壊す反応
- 「なぜもっと早く言わなかった」と経緯を問い詰める
- 報告した本人の落ち度を先に指摘する
安全を作る反応
- 「教えてくれてありがとう」とまず伝える
- そのうえで経緯や次の対応を一緒に確認する
最初に返す言葉が、次に何かが起きたときにどれだけ早く報告が上がってくるかを大きく左右します。経緯や原因を確認すること自体は必要な対応ですが、それを最初の一言にすると、報告した側には「責められた」という記憶だけが残ります。まず報告してくれたことに触れてから、経緯の確認に移ります。
3. 自分が間違えた・知らないと認める瞬間
安全を壊す反応
- 誤りを取り繕う、話をそらす
- 確認不足など、他の人の責任にすり替える
安全を作る反応
- 「ここは自分の見立てが違っていた」と先に認める
- 気づかせてくれたことに触れる
リーダー自身の誤りを認める場面は、部下の異論やミスの報告に応じる場面よりも起こる頻度は低いものの、影響は大きくなります。立場が最も強い人が自分の見立ての誤りを隠さず認めれば、それより立場の弱い誰かが同じことをする心理的コストは下がります。逆に、誤りを取り繕う、他の人の責任にすり替える、といった振る舞いが一度でも見えると、以降の異論や悪い知らせの報告は目に見えて減ります。
経営者が一人で意思決定する会社での留意点
中間管理職を挟まない50人未満の会社では、役職や経験年数による立場の差が、そのまま経営者一人に集中します。役員会や管理職層で分散して受け止められるはずの異論・悪い知らせ・判断ミスの指摘が、すべて経営者本人に向かうことになります。
こうした会社では、経営者自身が「指摘してもらう機会」を意図的に作らない限り、誰も指摘しない状態が続きやすくなります。定例の1on1やミーティングの終わりに「気になっていることはないか」と毎回同じように問いかけるなど、機会を仕組みとして組み込んでおくことが、その場その場の心がけだけに頼るより安定します。
よくある失敗
- 受け止めた後に何も変わらない場合は、次第に発言そのものが形だけのものになります。「なるほど」と受け止める反応と、実際に検討した跡が見える対応をセットにしないと、受け止める行為自体の効果が薄れていきます
- 同意しないことを伝える際に、相手の能力や人格への評価にすり替えてしまう場合は、異論そのものを歓迎する姿勢と矛盾します。「その判断は甘い」ではなく、「今回はこの理由で別の判断をする」と、判断の理由に絞って伝えます
※ 出典: Edmondson, A.C.(2018)The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth。Edmondson, A.C. & Kerrissey, M.J.(2025)"What People Get Wrong About Psychological Safety." Harvard Business Review, May-June 2025。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。