心理的安全性とは、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソンが1999年にチームレベルの概念として定義し、実証研究で裏づけたもので、「対人関係でリスクを取っても、このチームでは安全だ」とメンバーが共有して感じられる状態を指します。質問する、間違いを認める、異論を唱えるといった行動を取っても、恥をかいたり罰せられたりしないという確信のことです。
心理的安全性が低い職場で起きること
この確信がない職場では、逆のことが起こります。疑問があっても質問せず、ミスをしても報告を遅らせ、上司の意見に異論があっても飲み込みます。無能・無知・邪魔だと思われたくない。そうした恐れが、対人関係のリスクを避けさせます。結果として、問題の発見が遅れ、改善の機会が失われていきます。
Googleの調査が示したこと
Googleは社内180チームを対象に、何が高いパフォーマンスを持つチームを作るのかを調べる調査(プロジェクト・アリストテレス)を行いました。その結果、チームの効果性を左右する5つの要因の中で、心理的安全性が最も重要な要因だと結論づけられました。
心理的安全性が根づいたチームは、メンバーがGoogleを辞める可能性が低く、他のメンバーの多様なアイデアを引き出しやすいことも分かりました。経営陣から効果的なチームだと評価される頻度も、そうでないチームの2倍にのぼります。
心理的安全性は「ぬるさ」を意味しない
心理的安全性は、しばしば「ぬるま湯」「なんでもあり」と誤解されます。しかしエドモンドソン自身は、心理的安全性と基準の高さ(アカウンタビリティ)は別の軸であり、両方が揃って初めて機能すると説明しています。
| 基準が低い | 基準が高い | |
|---|---|---|
| 心理的安全性が高い | 快適な職場(発言はあるが、行動には移らない) | 学習する職場(率直な発言と高い基準が両立する) |
| 心理的安全性が低い | 無関心な職場(言われたことだけをこなす) | 不安な職場(成果を求められるが、発言できない) |
目指すべきは、心理的安全性と基準の両方が高い「学習する職場」です。心理的安全性だけを高めて基準を下げれば、居心地のよい職場を作るだけで、成果にはつながりません。
高めるための3つの実践
エドモンドソンは、リーダーが心理的安全性を高めるために取るべき行動を3つに整理しています。
心理的安全性を高める3つの実践
1. フレーミングする
仕事を「実行の問題」ではなく「学習の問題」として位置づける
2. 参加を促す
「他に見落としはないか」と問いかけ、意見を引き出す
3. 生産的に応答する
発言に感謝を示し、次の発言を閉ざさない
1. フレーミングする
先の見えない仕事、正解が一つではない仕事に取り組むときほど、「失敗しないように実行する」ではなく「試しながら学ぶ」という前提を先に共有しておくことが有効です。前提が共有されていれば、途中で出てくる疑問や懸念は、実行力の欠如ではなく学習の一部として扱われます。
2. 参加を促す
「何か見落としていることはないか」「違う見方をしている人はいないか」。こうした質問を投げかけること自体が、発言してよいという合図になります。経営者・管理職が自分の分からないことを素直に認め、質問する姿を見せることも、同じ働きを持ちます。話すこと自体が持つ心理的な効果は、対話・相談がもたらすメリットでも扱っています。
3. 生産的に応答する
出てきた発言、特に耳の痛い指摘や突拍子もない提案に対して、その場で否定せず、まず受け止めて感謝を示すことが重要です。反射的に不快感を示してしまうと、その瞬間に次の発言の芽を摘むことになります。
50人未満の会社で実践するときの要点
ここまで紹介した心理的安全性の研究の多くは、チームやマネージャー層の存在を前提にしています。しかし50人未満の会社、特に従業員10名前後の会社では、経営者本人の言動がチームの空気を直接左右すると考えられます。中間管理職を挟まない分、経営者が「学習する職場」を体現するかどうかが、職場全体の心理的安全性を大きく決めることになります。
具体的には、次のような場面が実践の機会になります。
- 会議で経営者が最初に意見を言うと、その後の発言はその意見への同調に寄りがちです。まず他のメンバーに問いかけ、経営者は最後に話す
- 経営者自身の判断ミスや見通しの誤りを、隠さずに共有する
- 従業員から出た懸念や反対意見に対して、その場で結論を急がず「検討する」と応じる
経営者自身が異論や悪い知らせを受け止める瞬間ごとの具体的な振る舞い方は、リーダーが心理的安全性を作る3つの瞬間で扱っています。
よくある失敗
- 促しても誰も発言しない場合は、一度や二度の問いかけでは、これまでの職場の空気が変わらないこともあります。すぐに反応がなくても問いかけを続け、出てきた発言には必ず生産的に応答することが土台になります
- 特定の人だけが話し続ける場合は、他のメンバーが発言の機会を失いがちです。名前を指して「◯◯さんはどう思う」と問いかけるなど、発言の機会を意図的に分配する工夫が要ります
- 経営者が良かれと思って口を出しすぎる場合は、出てきた意見にすぐ経営者自身の見解を重ねてしまい、以降の発言が経営者の反応を気にしたものになりがちです
心理的安全性は、一度の施策で完成するものではなく、日々のやり取りの積み重ねで育っていくものです。部下の話を聴けるマネージャーになるにはで扱った、評価せずに聴く姿勢は、心理的安全性を支える土台の一つでもあります。
※ 出典: Edmondson, A.C.(1999)"Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams." Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383。Google re:Work「Understand team effectiveness」(プロジェクト・アリストテレスの調査結果)。Edmondson, A.C.(2018)The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。