職場のメンタルヘルス対策

中小企業のメンタルヘルス対策 — 自社に必要なものを社内の事実から決める

メンタルヘルス対策の一覧を眺めても、自社にどれが要るのかは決まりません。休職の有無、退職理由、残業の偏り、相談の有無といった社内にすでにある記録から、補う取り組みを見つける手順をまとめます。

江原 和比己(東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー)

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この記事の要点

  • 対策の一覧はどの会社にも当てはまるように作られているため、目の前の会社の優先順位は書かれていない
  • 判断の材料は社内にある。休職の有無、不調に気づいた時期、管理職のつなぎ先、相談の有無、残業の偏り、退職理由を確認する
  • 複数が当てはまったときは、いま困っている人が実際にいるほうから始める。予防は効いているかどうかが分かるまでに時間がかかり、いま不調を抱えている人はその時間を待てない
  • パワーハラスメントの相談に応じる体制は、労働施策総合推進法が中小企業を含む事業主に義務づけているため、自社の事情にかかわらず必要になる

メンタルヘルス対策を検討することになって、施策の一覧を集めてみても、自社にどれが要るのかは決めにくいものです。

一覧はどの会社にも当てはまるように作られているので、自社の優先順位までは書かれていません。集めた一覧は選択肢の確認に使い、優先順位は社内の事実から決めます。この1年に休職者が出たか、辞めた人が何を理由に挙げたか、相談が上がってきているか。どれも産業医や専任の担当者がいなくても、手元の記録から確かめられるものです。

会社が担う取り組みは4つに分かれる

会社が担うメンタルヘルス支援は、次の4つです。

取り組み 目的
予防 不調が生まれにくい職場をつくる
気づき 変化に早く気づく
相談先の確保 抱え込まない仕組みをつくる
休職・復職の対応 制度として整えておく

それぞれ具体的に何をするかは、従業員のメンタルヘルスを支援する基本にまとめています。

このうち、パワーハラスメントの相談に応じる体制は、自社の事情にかかわらず必要です。労働施策総合推進法第31条が、事業主に相談体制の整備を義務づけているためです。中小企業も対象で、猶予されていた期間はすでに終わっています。セクシュアルハラスメントなど他の類型を含めて何を整えるかは、ハラスメント相談窓口の設置義務にまとめています。

社内にある記録から、補う取り組みを見つける

確認するのは、勤怠の記録と、この1年に社内であったことです。管理職が日頃見ていることを聞き取れば確かめられるものも含みます。

社内で確認できること 読み取れること 補う取り組み
この1年に休職・長期欠勤があった 休職中の連絡や復職の進め方が、その都度の判断で決まった 休職・復職の対応
不調に気づいたのが、本人が休んだ後だった 変化に気づく機会が日常の中にない 気づき
不調に気づいた管理職が、次に誰へつなげばいいか分からなかった つなぐ先が決まっていない 相談先の確保
相談が一件も上がってこない 窓口が無いか、あっても使われていない 相談先の確保
残業が特定の人や部署に偏っている 仕事の配り方に偏りがある 予防
辞めた人が人間関係や働き方を理由に挙げた 不調が相談ではなく退職の形で出ている可能性がある 相談先の確保

相談が一件も来ていないことは、問題がない証拠にはなりません。相談が上がってくるには、次の3つが揃っている必要があります。

  • 誰に言えばいいかが分かっている
  • 言った内容がどこへ行くかが分かっている
  • 言ったことで不利に扱われないと思える

どれかが欠けているだけでも、相談は来にくくなります。件数の少なさは、3つのどれかが欠けているサインです。窓口はあるのに一件も来ていない場合は、周知や使い方の見直しから始めることになります。

表の6つのうち分からないものがあれば、そこは集めるところから始めます。集め方は職場のストレス要因を把握する方法と従業員の状態を把握する社内アンケートの作り方にまとめています。

何をするかより先に、何が起きているかを見る。この順番は、厚生労働省の指針も同じです。「労働者の心の健康の保持増進のための指針」は、職場環境について「職場環境等を改善するためには、まず、職場環境等を評価し、問題点を把握することが必要である」としています。指針はこの箇所で、管理監督者による日常の職場管理、労働者からの意見聴取、ストレスチェックの集団分析、面接指導の結果を活用するとしています。ストレスチェックをまだ実施していない会社なら、管理職が日常的に見ていることと、従業員から直接聞いた話で足ります。

複数が当てはまったら、いま困っている人がいるほうから

当てはまるものが2つ3つある場合もあります。そのときは、いま困っている人が実際にいるほうから始めます。休職・長期欠勤が出ている場合と、相談が上がっているのにつなぐ先がない場合がこれにあたります。

予防の効果が出てくるのは、仕事の配り方や職場のやり方を変えて、しばらく経ってからです。いま不調を抱えている人には間に合いません。

研修は始めやすいが、効果の範囲は限られる

メンタルヘルス対策として挙がるものの中で、研修は始めやすく見えます。日程を決めれば実施でき、費用が先に分かり、全員に同じ内容を届けられ、実施した記録も残ります。相談先を確保する、気づく仕組みをつくるといった取り組みは、どこで終わったと言えるのかがはっきりしません。

始めやすさは大事な利点ですが、いま必要な取り組みかどうかは、別に確かめておく必要があります。

研修の効果が出るのは、主に気づきの面です。管理職が部下の変化に気づけるようになっても、気づいた後に誰へつなぐかが決まっていなければ、管理職が一人で抱えることになります。管理職がどこまでを担い、どこから先を専門家に渡すのかは、ラインケアとはで解説しています。

まとめ

4つすべてを同時に整える必要はありません。当てはまるものがひとつなら、その取り組みから始めます。複数あるなら、いま困っている人がいるほうからです。

始める取り組みが決まったら、具体的に何をするかは従業員のメンタルヘルスを支援する基本で解説しています。ひとつ整えると、次に何が要るのかも見えてきます。

※ 出典: 厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(平成18年3月31日 健康保持増進のための指針公示第3号、平成27年11月30日 同第6号により改正)、2006年3月、2026年8月6日閲覧。職場環境の評価と問題点の把握、および把握に使う材料の記述は同指針6(2)ア「職場環境等の評価と問題点の把握」による。労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(令和7年法律第63号による改正後。e-Gov法令検索)、2026年10月5日閲覧。厚生労働省青森労働局「令和2年6月1日からパワーハラスメント対策が義務となりました!~改正労働施策総合推進法が施行~」、2026年8月20日閲覧。相談体制の整備の義務は同法第31条、中小企業への適用は同資料による。

※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。

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