職場のメンタルヘルス対策

部下の話を聴けるマネージャーになるには

部下が「話しても大丈夫」と思える関係を、日常のどんな聴き方で作れるか。カウンセラーとの違いを踏まえたマネージャーならではの傾聴の姿勢と、1on1で実践できるコツを解説します。

江原 和比己(東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー)

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この記事の要点

  • マネージャーは部下の評価や指示を担う立場なので、目指すのはカウンセラーの代わりではなく「話しても不利益にならない相手」と思われること
  • 評価する立場と、心の健康の話を受け取る立場を分けておくことは、ストレスチェックの実施事務や推進担当者の選任について法令と指針が組み込んでいる考え方
  • 指針が示す管理監督者の役割は、話を聞き、適切な情報を提供し、必要に応じて専門の相談先につなぐところまで。診断も、問題を解決することも入っていない
  • 1on1では要約して返す、開かれた質問をする、沈黙を急いで埋めない、自分の経験談にすり替えないことが実際の聴き方になる

「話を聴く」のは簡単なことに思えて、実際にやってみると難しいものです。声をかけても「大丈夫です」で終わってしまう。1on1の時間を作っても、業務の進捗確認だけで終わってしまう。そうした経験のあるマネージャーは少なくありません。

社員の不調に気づいたときの対応フローが扱うのは、不調のサインが出た「後」の初動です。しかしそこにたどり着く前段階として、日頃から部下が話しやすい関係ができているかどうかが、気づきや相談対応の土台になります。このガイドでは、危機が起きる前の、日常の1on1や雑談の場で実践できる聴き方を扱います。

マネージャーの「聴く」はカウンセラーの「聴く」と何が違うか

産業カウンセラーや外部の相談窓口の担当者は、相談者の人事評価や処遇に関与しない立場にあります。話した内容が評価に響く心配がないからこそ、話しやすいという面があります。

一方、マネージャーは部下の人事評価や業務の指示を担う立場です。部下からすれば、「これを話したら評価が下がるのではないか」という警戒が働くのは自然なことです。

加えて、マネージャーと部下の関係は一度きりの面談では終わりません。翌日も、その先も顔を合わせ続けます。ずっと続く関係だからこそ日々の変化に気づきやすいという強みがある一方、話した内容がその後の関係に影響しないかという不安を部下に抱かせる面もあります。

この警戒は、気にしすぎというものではありません。制度のほうも、同じところを見て作られています。 ストレスチェックを受ける本人について、解雇・昇進・異動に直接の権限を持つ上司にあたる人は、実施の事務に関わってはならないと定められています(労働安全衛生規則第52条の10第2項)。厚生労働省の指針も、事業場内メンタルヘルス推進担当者に人事権を持つ人を選ぶことは適当でないとしています。理由は、心の健康に関する個人情報を扱う立場だから、とされています。

評価する立場と、心の健康の話を受け取る立場を分けておく。これは法令にも指針にも、そのまま書かれている考え方です。部下が身構えるのは、この分け方を肌で感じ取っているのだと思います。

こうした違いがあるからこそ、マネージャーが目指すのは、カウンセラーの代わりになることではありません。「話しても不利益にならない相手だ」と部下に感じてもらうこと、それがマネージャーの傾聴の出発点です。外部の専門家がどんな支援をしているのかは、外部カウンセリングとはで扱っています。

制度は、人を分けることでこの問題を解いています。ただしマネージャーは、自分の人事権を外すことはできません。できるのは、扱いを分けて見せることです。1on1を評価面談と別の時間として設ける。この時間に話した内容は評価に持ち込まないと最初に伝える。伝えた以上はそれを守る。どれも指針が定めているものではありませんが、部下の警戒を「気の持ちよう」でほぐそうとするのではなく、扱いを分けることで答えるやり方です。評価者ではない相談先が社内外にあることを伝えておくのも、同じ方向の手当てになります。

なお、就業上の配慮が必要だと分かれば、会社として動くことはあります。それは評価とは別の話だと、あわせて伝えておきます。

積極的傾聴の基本 — 評価せず、理解しようとし、正直である

厚生労働省は指針の解説資料で、管理監督者が部下の話を聴く方法として「積極的傾聴法」を挙げています。この聴き方の土台にあるのが、心理学者カール・ロジャーズが示した、傾聴を支える3つの姿勢です。

姿勢 内容
受容 話の内容を善悪や好き嫌いで評価せず、まず受け止める
共感 相手の立場に立って、その気持ちを理解しようとする
自己一致 分かったふりをせず、分かりにくい点は素直に確認する

3つとも特別な技術ではなく、姿勢の持ち方です。部下の話を聴きながら「それは違うだろう」と評価から入ってしまうと、そこで受け止めは止まります。逆に、正直に「今の話、もう少し詳しく聞かせてもらえる?」と確認することは、自己一致そのものの姿勢です。

日常の1on1・雑談でできる聴き方

  • 相槌とうなずきで、聞いていることをそのまま伝える
  • 要約して返す。「つまり、〜ということだね」と自分の言葉で整理して返すと、理解のズレをその場で修正できる
  • 開かれた質問を使う。「最近どう?」で終わらせず、「今、一番時間を取られていることは何?」のように具体的に聞くと、部下も答えやすくなる
  • 沈黙を急いで埋めない。部下が言葉を探している間は、待つ
  • 自分の話にすり替えない。「わかるよ、自分も昔〜」と自分の経験談に転じると、聴く時間が話す時間になってしまう

やってしまいがちな失敗

  • 話の途中で解決策を出そうとする。聴き切る前のアドバイスは、「結局、話を聞いてもらえなかった」という印象を残す
  • 忙しさを理由に上の空で聞く。手元の作業をしながらの相槌は、部下に伝わる
  • 1on1が業務の進捗確認だけで終わる。予定されたテーマがなくても、「最近どう」から始める時間を意識して作る
  • 「そんなの大したことない」と重要度を勝手に判断してしまう。本人にとっての重さは、聞いてみるまでわからない

どこまでが役割で、どこからが範囲外か

どこまでがマネージャーの役割かは、厚生労働省の指針が具体的に書いています。管理監督者は、日常的に部下からの自発的な相談に応じるよう努める。そのうえで、長時間労働などで疲労がたまっている人、強い心理的負荷をともなう出来事を経験した人、その他とくに個別の配慮が必要と思われる人には、話を聞き、適切な情報を提供し、必要に応じて社内の産業保健スタッフや外部の相談先への相談・受診を促す。指針が書いている範囲はここまでです。診断や治療はもちろん、問題を解決してあげることも入っていません。

日常の相談対応は全員に向けたうえで、この3つに当てはまる部下には、こちらから声をかける。指針はそういう重みの置き方をしています。

次のような様子が見えたら、聴き続けるより、つなぐ段階に移ります。

  • 同じ話が何度も回り、話しても本人が楽にならない
  • 眠れない、食べられない、体調不良が続いているといった身体の訴えが中心になる
  • 家庭の事情や借金など、職場の外の問題が話の中心になる

死にたい、消えたいという言葉が出たときは、上の3つとは扱いが違います。話をさえぎる必要はありませんが、そのまま自分ひとりで聴き続ける形にはしません。本人をひとりにせず、その場で産業医・産業保健スタッフや人事に連絡します。差し迫っていると感じたときは、ご家族への連絡や119(救急)・110(警察)もためらいません。

具体的な声かけとつなぎ方は社員の不調に気づいたときの対応フローにあります。日常の聴き方と、不調のサインが出た後の対応フローは、ラインケアという同じ枠組みの中にある、前段階と後段階の関係です。抱え込みすぎない関わり方は、上司と部下の適切な距離感の取り方で扱う日常の距離感の目安とも重なります。

「誰にも言わないでください」と言われたら

つなぐ段階に来たときに困るのが、本人が口止めを求める場合です。ここでも指針に手がかりがあります。心の健康に関する情報を会社が扱うときは、本人の同意が要ります。そして共有するのは、就業上の措置に必要な情報だけ。指針が産業保健スタッフについて書いているこの考え方は、マネージャーが人事や産業医に伝える場面にも、そのまま置き換えられます。

つまり、聞いた話をすべて上に上げる必要はありません。必要なのは「どの業務に、どのくらいの期間、どんな調整が要るか」であって、話の中身そのものではありません。この区別を本人に説明したうえで、誰に何を伝えるかを一緒に決めます。

そのうえで、本人の生命や安全に直接関わる兆候が見えたときは、これとは別の扱いになります。この例外は、口止めを求められてから伝えるのでは遅すぎます。聴く関係を作る段階で、先に伝えておきます。「基本的にはあなたの同意なしに話しません。ただ、命に関わると判断したときだけは動きます」と最初に言っておけば、後から約束を破る形になりません。秘密をどこまで守るかの扱いは相談内容の守られ方にもまとめています。

まとめ

日々の小さな声かけと1on1の積み重ねが、いざというときに「この人になら話せる」と思ってもらえる関係の土台になります。特別な技術より前に、評価せず聴くという姿勢そのものが、部下との信頼関係を作ります。

※ 出典: 厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(平成18年3月31日 健康保持増進のための指針公示第3号、平成27年11月30日 同第6号により改正)の5「4つのメンタルヘルスケアの推進」・6「メンタルヘルスケアの具体的進め方」(うち(1)イ 管理監督者への教育研修・情報提供、(3)イ 管理監督者、事業場内産業保健スタッフ等による相談対応等、(3)ウ 労働者個人のメンタルヘルス不調を把握する際の留意点)。労働安全衛生規則第52条の10第2項(e-Gov法令検索による)。積極的傾聴法への言及は同指針の解説資料「ラインによるケアとしての取組み内容」による。傾聴の3条件は、心理学者カール・ロジャーズが提唱した来談者中心療法の基本概念。

江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。

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