2026年10月1日から、カスタマーハラスメントへの防止措置がすべての事業主の義務となります。従業員数による除外はなく、数名の会社も対象です。パワーハラスメント対策と同じ法律の枠組みに位置づけられており、会社として何を整えるかが実務上の論点になります。
カスタマーハラスメントとは
2026年10月1日に施行される改正後の労働施策総合推進法第33条は、顧客等からの言動のうち、次の3つの要素を満たすものへの対応を事業主に義務づけます。なお条文が使う言葉は「顧客等言動」で、「カスタマーハラスメント」「著しい迷惑行為」はいずれも法文の用語ではなく、指針やパンフレットで使われている呼び方です。
- 顧客等の言動であって
- 労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものであり
- 労働者の就業環境が害されるもの
対面だけでなく、電話やSNS等インターネット上の言動も対象です。契約内容に沿った改善要求など正当な苦情・要望は、社会通念上許容される範囲にとどまる限りカスタマーハラスメントには当たりません。定義の詳しい考え方や、実際に従業員が被害を受けた直後に管理職がどう動くかは、カスタマーハラスメントを受けた従業員への対応で扱っています。本記事では、会社として何を整備すべきかという制度の全体像に絞って解説します。
何がカスタマーハラスメントに当たるか
厚生労働省の指針は、典型的な言動を「言動の内容」と「手段・態様」の2つの切り口で示しています。限定列挙ではありませんが、自社の状況を当てはめて考える目安になります。
| 切り口 | 該当しうる例 |
|---|---|
| 言動の内容 | 商品・サービスと無関係な要求、契約内容を著しく超えるサービスの要求、対応が著しく困難・不可能な要求、不当な損害賠償要求 |
| 手段・態様 | 身体的な攻撃(暴行、物を投げつける等)、精神的な攻撃(脅迫、人格を否定する言動、土下座の強要、SNSでの誹謗中傷や悪評投稿の示唆等)、威圧的な言動(大声での威圧等)、継続的・執拗な言動(同じ要求の執拗な繰り返し等)、拘束的な言動(長時間の居座り等) |
なぜ経営として無視できないか
カスタマーハラスメントは、対応した従業員個人の問題にとどまりません。実際に事案があった企業への調査では、次のような影響が報告されています。
企業への相談件数も増加傾向にあります。過去3年間に顧客等からの著しい迷惑行為の相談があったと回答した企業は、令和5年度で27.9%。令和2年度の19.5%から8.4ポイント増加しました。現場で起きていることが、以前より会社の耳に届くようになってきているとみられます。
会社が講ずべき措置 — 4つの柱
指針が事業主に求める措置は、大きく4つの柱に整理できます。
会社が講ずべき措置 — 4つの柱
1. 方針の明確化・周知
毅然とした対応方針と悪質ケースへの対処基準を定める
2. 相談体制の整備
窓口を定め、従業員に周知する
3. 事後の迅速な対応
事実確認、被害者への配慮、再発防止
4. 抑止措置とプライバシー保護
悪質ケースへの実行体制、不利益取扱いの禁止
1. 方針の明確化・周知
カスタマーハラスメントには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明文化し、管理監督者を含む従業員に周知します。就業規則や服務規律に規定する、社内報・パンフレット等に記載する、研修で伝えるといった方法があります。
あわせて、特に悪質と考えられるケース(繰り返しの迷惑行為、暴行・傷害・脅迫など犯罪に該当し得る言動)への対処方針も事前に定めておく必要があります。誰が対応するか、録音・録画をするか、退店を求めるタイミング、警察へ通報する基準といったことを事が起きる前に決めておくことで、現場の従業員や管理職がその場で一人で判断を背負わずに済みます。
2. 相談体制の整備
相談窓口をあらかじめ定め、従業員に周知します。担当者には、行為者ではない従業員の上司にあたる管理監督者を充てることも可能です。窓口の作り方・周知の考え方は、ハラスメント相談窓口の設置義務で扱っているパワーハラスメント対策の窓口とほぼ共通します。窓口を一本化し、「ハラスメント全般の相談先」として運用して構いません。
3. 事後の迅速な対応
相談を受けたら、事実関係を迅速かつ正確に確認します。カスタマーハラスメントの場合、顧客等とのやり取りの録音・録画等、客観的な証拠を確認することも有効です(個人情報の取り扱いには注意が必要です)。事実が確認できたら、担当の交代や行為者との引き離し、産業保健スタッフ等によるメンタルヘルス不調への相談対応など、被害者への配慮を速やかに行います。そのうえで、迷惑行為の発生原因となった接客・商品・サービス上の問題があれば、そこも見直して再発防止につなげます。
その場面で管理職がとるべき具体的な手順は、姉妹記事のカスタマーハラスメントを受けた従業員への対応に譲ります。
4. 抑止措置とプライバシー保護
相談したこと、事実確認に協力したことを理由に、従業員を解雇その他不利益に扱うことは禁止されています。この禁止と、相談者・行為者に関する情報のプライバシー保護についても、あらかじめ定めて周知しておく必要があります。
なお、パワーハラスメント等では行為者である従業員本人への懲戒が措置の一つですが、カスタマーハラスメントの行為者は自社の従業員ではないため、懲戒という手段は使えません。その代わりに求められるのが、上記の対処方針をあらかじめ定め、実行できる体制を整えるという抑止のための措置です。相手が顧客であることが、対応の性質を根本的に変えている点だといえます。
中小企業は何から始めればいいか
産業医や専任の人事部門を持たない会社でも、既存の仕組みに乗せることで対応できる部分が少なくありません。
- 相談窓口は新設しなくていい場合が多い。パワーハラスメント等ですでに窓口を用意している会社は、そこにカスタマーハラスメントも含めて運用できます
- 方針の明文化は、既存の就業規則・服務規律への追記で足ります。ゼロから制度を作るのではなく、今ある文書に一文を加える形で始められます
- 悪質ケースへの対処方針は、経営者自身が一度決めておくことに価値があります。「ここまでは対応する、これを超えたら警察に通報する」という線引きが事前にあるだけで、いざという場面での判断が速くなり、対応が担当者によってばらつくことも防げます
まとめ
カスタマーハラスメント対策の義務化は、パワーハラスメント対策で整備した相談体制をそのまま生かせる部分と、相手が顧客であるがゆえに新たに定める必要がある部分(悪質ケースへの対処方針、抑止のための措置)の両方から成り立っています。方針の明確化、相談体制、事後対応、抑止措置とプライバシー保護の4つを順に点検することが、義務への対応になります。
※ 出典: 労働施策総合推進法第33条(令和7年法律第63号による改正後。2026年10月1日施行)、事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)、厚生労働省「事業主が講ずべきハラスメント対策パンフレット」(都道府県労働局雇用環境・均等部(室)・厚生労働省)。企業側への影響・相談件数の推移に関する統計は、厚生労働省「令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査」(令和5年度厚生労働省委託事業、令和6年5月17日公表)による。令和2年度との比較(19.5%、8.4ポイント増)は、同調査の結果概要(雇用環境・均等局雇用機会均等課作成)が令和2年度調査と対比して示しているもの。令和2年度の19.5%自体は、厚生労働省「令和2年度職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)」(令和3年3月公表)による。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。