顧客からの理不尽な要求や暴言を受けた従業員が、対応を終えたあと何ごともなかったような顔で次の仕事に向かう。その様子を見て、経営者や管理職はどう動けばいいのでしょうか。相手が「お客様」であるだけに、社内の対立とは違う難しさもあります。
カスタマーハラスメントとは
労働施策総合推進法は、顧客等からの著しい迷惑行為を「カスタマーハラスメント」と位置づけ、次の3つの要素を満たすものと定義しています。
- 顧客等の言動であって
- 労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものであり
- 労働者の就業環境が害されるもの
「顧客等」には、実際に取引・利用している相手だけでなく、取引先の担当者、施設の利用者、今後取引・利用する可能性のある者も含まれます。契約内容に沿った改善要求など、正当な苦情や要望は、社会通念上許容される範囲にとどまる限りカスタマーハラスメントには当たりません。境界を判断する目安になるのは、要求の中身が契約や業務の範囲を超えていないか、伝え方が威圧的・執拗・拘束的でないかという2点です。
2026年10月1日から、事業主にはカスタマーハラスメントへの防止措置が義務づけられます。従業員数による除外はなく、中小企業もこの義務に備える必要があります。義務の中身の全体像は、カスタマーハラスメント対策の義務化と中小企業がすべきことで整理しています。相談体制の整備は、ハラスメント相談窓口の設置義務で扱っているパワーハラスメント対策の窓口とほぼ共通します。このガイドでは、そのなかでも「実際に受けた従業員に、管理職が直後どう向き合うか」に絞って扱います。
直後対応の5ステップ
1. 安全を確保する
危険な言動なら、その場で対応を止める
2. 対応を代わる
一人に抱えさせない
3. 話を聴く
責めず、否定せず、そのまま受け止める
4. 記録する
経緯を事実として残す
5. フォローする
対応が終わってからも気にかけ続ける
1. 安全を確保する — 危険な言動は、その場で対応を止める
暴行、傷害、脅迫など、犯罪に該当しうる言動があった場合は、対応を続けさせず、直ちに切り上げさせます。命や身体に関わる危険がある場合は、ためらわず警察に通報してください。「相手はお客様だから」という遠慮は、この場面では通用しません。
暴言や威圧的な態度であっても、労働者の就業環境を害する程度に達していれば、まず従業員の安全を確保することが対応の起点になります。判断に迷うときは、「このまま対応を続けさせて大丈夫か」を基準に、少しでも危ういと感じたら対応を止めてください。
2. 対応を代わる — 一人に抱えさせない
危険がひとまず去ったあとも、同じ相手への対応をそのまま本人に続けさせないことが重要です。管理監督者が代わって対応する、あるいは複数人で対応する体制に切り替えます。
対応の交代は、従業員を「弱いから守る」ためのものではありません。理不尽な要求が続く相手に一人で向き合わせ続けること自体が、負担を積み重ねます。行為者との間に距離を置くという意味でも、担当を代えることには実務上の意味があります。
3. 話を聴く — 責めず、否定せず
対応が一段落したら、まず話を聴きます。部下の話を聴けるマネージャーになるにはで扱った、評価せずに聴く姿勢がここでも土台になります。
このとき気をつけたいのは、「どちらの言い分が正しいか」を検証する態度に傾かないことです。従業員が結果的に相手に迎合するような対応をしていたとしても、それは迷惑行為を受けたという事実を否定する理由にはなりません。「もっとうまく対応できたのでは」という視点は、この段階では脇に置いてください。
- 「大変だったね」と、まず起きたことをそのまま受け止める
- 「あなたの対応が悪かったのでは」につながる質問はしない
- 沈黙や涙が出ても、急いで次の話題に移さない
4. 記録する — 経緯を事実として残す
いつ、誰が、どのような言動を受けたかを、できるだけ早いうちに記録します。相手が同じ顧客であれば繰り返しの被害を防ぐ材料になり、悪質なケースで出入り禁止や法的な対応を検討する際の根拠にもなります。
記録は従業員本人に書かせきりにせず、聴き取った管理職が代わりにまとめても構いません。負担をこれ以上増やさないことを優先してください。
5. フォローする — 対応が終わってからも気にかけ続ける
その場での対応が済んでも、そこで終わりにしないことが大切です。数日後に改めて様子を尋ねる、無理に通常業務へ戻さず一時的に業務量を調整するといった配慮が、次のステップにつながります。
体調不良が続く、同じ場面を避けるようになった、眠れていない様子があるといった変化が見えたら、社員の不調に気づいたときの対応フローの「つなぐ」以降の対応に進んでください。社内の産業保健スタッフや、外部カウンセリングとはで扱っている外部の相談窓口につなぐことも、早い段階での選択肢に入れておくとよいでしょう。
なぜ、直後のケアが欠かせないか
顧客等からの著しい迷惑行為を受けた労働者を対象にした調査では、「怒りや不満、不安などを感じた」が63.8%、「仕事に対する意欲が減退した」が46.1%にのぼり、受けた頻度が高くなるほど「眠れなくなった」「通院したり服薬をした」といった深刻な影響も増えています。一度きりの出来事であっても、心身への影響は軽くありません。
それにもかかわらず、迷惑行為を受けたあとに取った行動として最も多いのは「社内の上司に相談した」(38.2%)でした。ただし「何もしなかった」も35.2%とほぼ同水準を占めており、3人に1人強は誰にも相談していません。会社側が迷惑行為を認識したあとの対応についても、「要望を聞いたり、問題を解決するために相談にのってくれた」が最も多い一方、「特に何もしなかった」という回答も3割近くにのぼります。上司に相談しても対応が後手に回れば、従業員はそのまま一人で抱え込むことになります。だからこそ、その場に居合わせた管理職が直後に動くかどうかが分かれ目になります。
なお、この調査では、過去3年間に迷惑行為の相談があったと回答した企業の割合は3年前の調査より増えている一方、労働者本人が「迷惑行為を受けた」と回答した割合は減少しています。相談があった企業の割合の増加は、被害そのものが増えているというより、相談として表に出やすくなってきたことの表れと見るのが実態に近いといえます。
やってしまいがちな失敗
- 「お客様のことだから」と、従業員に我慢を求めてしまう
- 対応した従業員の落ち度を先に確認しようとする
- その場をなだめるだけで終わり、後日の様子を確認しない
- 同じ相手への対応を、そのまま同じ従業員に任せ続ける
いずれも、従業員に「会社は守ってくれない」という受け止めを残します。一度そう感じさせてしまうと、次に同じことが起きたときに、本人が声を上げにくくなります。
会社としての備え — 2026年10月の義務化を見据えて
2026年10月の法改正で会社に求められる措置の全体像(方針の明確化、相談体制の整備、事後対応、抑止措置とプライバシー保護)は、カスタマーハラスメント対策の義務化と中小企業がすべきことで整理しています。ここまで扱ってきた「受けた従業員への直後対応」は、そのなかの被害者への配慮にあたる部分です。
まとめ
カスタマーハラスメントへの対応は、行為者への線引きだけでなく、受けた従業員をどう支えるかという視点が欠かせません。安全の確保、対応の交代、話を聴くこと、記録、そしてその後のフォロー。この一連の流れが、従業員が一人で抱え込まずに済む土台になります。
※ 出典: 労働施策総合推進法第33条、厚生労働省「事業主が講ずべきハラスメント対策パンフレット」(都道府県労働局雇用環境・均等部(室)・厚生労働省)。カスタマーハラスメントの定義・施行日(令和8年10月1日)・被害者への配慮措置の内容は同パンフレットによる。心身への影響、受けた後の行動、相談があったと回答した企業の割合の推移に関する統計は、厚生労働省「令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査」(令和5年度厚生労働省委託事業、令和6年5月17日公表)による。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。