法令・制度

安全配慮義務とは — メンタルヘルスとの関係

安全配慮義務とは、会社が従業員の生命・身体の安全と健康に配慮する法律上の義務のこと。労働契約法第5条の内容、メンタルヘルスにも及ぶ理由、50人未満の中小企業が押さえるべき実務のポイントを解説します。

江原 和比己(東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー)

更新 読了目安 3分

この記事の要点

  • 労働契約法第5条の義務で、雇用契約を結んだ時点で自動的に発生する。就業規則に書いていなくても、従業員が1人でも免れない
  • メンタルヘルスも対象であることは判例で確立している。問われるのは結果ではなく、予見できたのに配慮しなかったこと
  • 距離の近さは法的には気づけたはずと評価されやすく、従業員10名の会社で不調に気づかなかったという説明は、300名の会社より通りにくい
  • 本人が大丈夫と言っていても、過重な業務が続く中で体調の悪化がうかがえる場合は、申告を待たずに労働環境へ注意を払う義務がある

安全配慮義務とは、会社(使用者)が、従業員の生命・身体の安全と健康に配慮しなければならないという法律上の義務です。労働契約法第5条に、次のように定められています。

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。(労働契約法第5条)

雇用契約を結んだ時点で、この義務は自動的に発生します。就業規則に書いていなくても、従業員が1人でも、免れることはありません。

「安全」には、こころの健康も含まれる

かつて安全配慮義務は、工場の事故や労災など「身体の安全」の文脈で語られてきました。しかし現在では、メンタルヘルスも安全配慮義務の対象であることが判例で確立しています。過重な長時間労働を放置して従業員がうつ病を発症したケースなどで、会社の責任が認められてきました。

実務上のポイントは、この義務が「結果責任」ではなく、「予見できたのに、配慮しなかった」ことへの責任だという点です。具体的には、次のような状態が問われます。

  • 長時間労働が続いていると分かっていた
  • 顔色や勤怠の乱れなど、不調のサインが見えていた
  • それなのに、業務量の調整も声かけもしなかった

この「気づけたのに動かなかった」状態が、いちばん問われます。

実例 — 電通事件(最高裁平成12年3月24日)

長時間労働の末にうつ病を発症し自殺した従業員の遺族が、会社に損害賠償を求めた最高裁判決です。上司は、本人が「自信がない、眠れない」と直接訴えていたこと、顔色が悪く元気がない状態が続いていたことを認識していながら、長時間労働の負担を軽減する措置を取りませんでした。

最高裁は、この認識していながら対応しなかった点に安全配慮義務違反を認めています。予見できたかどうかは、特別な兆候ではなく、日々の勤怠や顔色、本人の一言といった、誰でも気づける範囲の情報で判断されるということが、この判決から読み取れます。

中小企業ほど「気づけたはず」と評価されやすい

50人未満の会社には産業医の選任義務がなく、健康管理の専門スタッフもいないことがほとんどです。そのぶん、従業員の健康への配慮は経営者と管理職の日常の目配りに委ねられます。

ここで押さえておきたいのは、距離の近さは、法的には「気づけたはず」と評価されやすいということです。従業員10名の会社で「不調に気づかなかった」という説明は、300名の会社よりも通りにくいものです。だからこそ、気づいたあとに動ける仕組みを持っておくことが大切になります。

実務で押さえる3つのポイント

1. 労働時間を把握する

安全配慮の出発点は、誰がどれだけ働いているかを知っていることです。長時間労働は、メンタルヘルス不調のいちばん分かりやすい予兆です。

2. 気づいたら動く仕組みをもつ

不調のサインに気づいたときに「誰が・何をするか」を決めておきます。声のかけ方と対応の流れは社員の不調に気づいたときの対応フローにまとめています。管理職が対応を学ぶ場としてはラインケア研修があります。

3. 相談先を用意しておく

社内に相談できる専門家がいない場合、外部の相談窓口を確保しておくことが現実的な備えになります。「配慮する体制を整えていた」という事実は、従業員を守ると同時に、会社を守ります。

よくある誤解

「うちは家族的な職場だから大丈夫」

安全配慮義務は雰囲気ではなく、体制と行動で判断されます。仲の良さと、不調に気づいて動ける仕組みは別物です。

「本人が大丈夫と言っていた」

不調のとき、人は「大丈夫です」と答えがちです。本人の言葉だけを根拠に対応を止めると、「配慮した」とは評価されにくくなります。

最高裁も、通院や病名を会社に申告しなかった労働者のケースで、同じ考え方を示しています。過重な業務が続く中で体調の悪化がうかがえる場合、本人からの積極的な申告は期待しにくいことを前提に、会社は申告を待たずに労働環境へ注意を払う義務がある、というのが判決の趣旨です(東芝〔うつ病・解雇〕事件、最高裁平成26年3月24日判決)。

過重な業務が続いている中で不調に気づいたときは、本人の言葉だけでなく、勤怠や仕事ぶりといった客観的なサインとあわせて見ることが大切です。

※ 本ガイドは一般的な解説であり、個別の法律判断は弁護士・社会保険労務士にご相談ください。

江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。

貴社の状況に合わせてご相談ください

このガイドの内容を貴社でどう実践するか、東京メンタルヘルスの専門家がご相談に応じます。