クライシス対応

社員が自殺したとき、企業が行うべきこと

従業員が自ら命を絶ったとき、企業がまず直面するのは、その死を「自殺」と明確に公表するかという判断です。単純な対応リストではなく、遺族の意向を軸に、社内への伝え方、遺族への対応、安全配慮義務の振り返り、従業員の心のケアまでを扱います。

江原 和比己(東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー)

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この記事の要点

  • 従業員の死を「自殺」と明確に公表するかどうかを法律が直接定めているわけではなく、多くの企業は明確な公表を避け、遺族の意向を最優先に判断している
  • 社内への伝え方は、噂を防ぐために事実を淡々と伝えることが基本。自殺の連鎖(群発自殺)を防ぐ配慮も欠かせない
  • 遺族への対応は、誠実な向き合い方や日常生活の手続きの補助から、労災請求への協力、弔慰金の税務上の目安まで幅がある
  • 過重労働などに心当たりがある場合は、安全配慮義務の観点から社内の状況を振り返り、再発防止につなげる
  • 同僚を亡くした従業員には自分を責める気持ちが生じやすく、特に第一発見者や親しかった人への個別の配慮が必要になる

社員が自ら命を絶ったという知らせを受けたとき、人事や経営者がまず判断を迫られるのは、社内外にどこまで事実を伝えるかです。噂は放っておいてもすぐに広がる一方で、確認も取れないまま公表してしまうわけにもいきません。この判断を後回しにしたまま社内説明や外部対応を進めてしまうと、あとになって前提から覆すことになりかねません。動揺した従業員への向き合い方や、直後・数週間・数か月で変わっていく対応の基本の考え方は、従業員に大きな衝撃を与える出来事が起きたとき、企業がすべきことで扱っています。自殺という出来事には、この基本の考え方だけでは足りない、いくつかの固有の判断が伴います。

公表するかどうかの判断

従業員の死を「自殺」と明確に公表するかどうかを、法律が直接決めているわけではありません。個人情報保護法は生きている人の情報だけを対象にした法律で、亡くなった本人の情報そのものはこの法律の保護対象に入りません。ただし個人情報保護委員会は、死者に関する情報が同時に生きている遺族を特定できる情報でもある場合には、その遺族自身の個人情報として保護の対象になりうるという見解を示しています。つまり、開示を禁じる規定も、開示を義務づける規定も、法律上は存在しません。

この空白を埋めるのは、遺族の意向です。実務としては、社員が自ら命を絶ったという事実を、社内外に「自殺」と明確な形では公表しない企業が多く見られます。噂として広まってしまうことと、会社として言い切ってしまうことは別の話だからです。遺族が公表を望まない場合、詳しい事情には踏み込まず「突然のことで」といった表現にとどめる対応も、選択肢のひとつになります。

一方で、労災の遺族補償給付を遺族が請求する際には、会社に証明などの協力が求められる場面があります(後述)。この手続き上の対応と、社内外にどこまで説明するかは、分けて考えられます。遺族の意向を確認する窓口は一本化しておき、担当者以外が個別に事情を話さない、という体制を先に整えておくと、対応がぶれずに済みます。

社内への伝え方と、自殺の連鎖を防ぐ配慮

社内への説明は、事実を淡々と伝えることが基本です。誰かが自ら命を絶ったという事実を隠そうとしても、噂や憶測はあっという間に広がります。動揺している人がいれば個別に声をかければよく、全社に詳細を説明する必要はありません。故人を非難するような言い方も、逆に生前の様子を過度に美化するような言い方も避けます。

同じ職場で自殺が続けて起きる「群発自殺」と呼ばれる現象があります。若い世代に限った話ではなく、実際に企業の一部門で数か月の間に複数の自殺が生じた例も報告されています。いわゆる「後追い自殺」を防ぐという考え方は、社内への伝え方そのものにも関わってきます。世界保健機関(WHO)が示す自殺報道の手引きは、本来は報道関係者向けのものですが、自殺の手段を詳しく伝えない、原因を一つに決めつけない、といった考え方は社内での説明にもそのまま生かせます。

同僚が自ら命を絶ったという経験をした人には、眠れない、悪夢を見る、自分を責める、といった反応が起こり得ることをあらかじめ伝えておきます。話したい人には話す機会を用意しますが、全員が同じように詳しく話さなければならない、という雰囲気は作りません。話す自由も、黙っている自由も、どちらも大切にします。

遺族への対応

遺族への対応で欠かせないのは、まず誠実に向き合う姿勢です。「職場に問題はなかったのか」「過労が原因ではないのか」といった質問を遺族から受けることもあります。その場で答えられないことも、はぐらかさずに調べたうえで、後日必ず答えます。

遺族自身にも心身の不調が出てくることがあり、専門家に相談できる先を伝えておくと安心材料になります。ただし、仕事が原因だと遺族が考えている場合、会社からのこうした申し出自体を拒まれることもあります。その場合は、遺族の身近な人に、起こり得る心理的な反応をあらかじめ伝え、見守ってもらうという形もあります。

生命保険金の請求や、学齢期の子どもがいる場合の奨学金の申請など、日常生活の手続きを具体的に手伝うことも、大きな支えになります。悲しみが癒えるまでの時間は、病死や事故死より長くかかるとされています。直後の対応だけで終わらせず、その後も折に触れて故人を忘れずにいることを遺族に伝え続ける姿勢が、大きな励ましになります。

労災の請求と、弔慰金の実務

強い心理的負荷など業務上の要因が背景にあると考えられる場合、自ら命を絶った場合であっても、遺族は労災保険の遺族補償給付を請求できます。請求の手続きを遺族が自分で行うのが難しいときは会社が手続きを助け、必要な証明を求められたら速やかに応じる義務があります。会社が労災に当たらないと考えていても、証明を拒んだからといって遺族の請求そのものが止まるわけではありません。

弔慰金や死亡退職金を独自に定めている会社であれば、税務上の非課税の目安も参考になります。死亡退職金は「500万円×法定相続人の数」まで、弔慰金は業務上の死亡なら給与の3年分、業務上でない死亡なら半年分までが非課税の目安とされています。これは会社が支払う金額の相場を示すものではなく、あくまで税務上の扱いの境界線です。就業規則に弔慰金の定めを置いていない会社も見られるため、金額や支給の有無を事前に決めておくと、いざというときに慌てずに済みます。

安全配慮義務の観点からの振り返り

安全配慮義務とは、業務を通じて労働者の生命・身体・健康が損なわれないよう、会社が配慮しなければならない契約上の義務です。支援体制のないまま長時間労働や仕事を一人で抱え込む状況が生む、心と体への負担も、この義務の対象に含まれます。

長時間労働やハラスメントに心当たりがある場合、遺族から説明を求められる前に、社内で何が起きていたかを振り返っておく必要があります。労働時間の記録、相談窓口への相談履歴、上司とのやり取りなど、確認できる事実を整理し、同じ状況を繰り返さないための対策につなげます。振り返りの目的は責任の所在を決めることではなく、次に同じことが起きないようにすることです。

精神障害の労災認定そのものの基準は専門的で、個別の判断が必要になります。過重労働やハラスメントが疑われる場合は、早い段階で社会保険労務士や弁護士など外部の専門家に相談したほうが、会社にとっても遺族にとっても負担が少なくて済みます。

従業員の心のケア

同僚が自ら命を絶ったとき、遺された人の心には、驚きや否認だけでなく、自分を責める気持ちが浮かんできます。「どうして相談してくれなかったのか」「なぜ気づけなかったのか」という問いが、答えの出ないまま頭に残り続けることがあります。これは特別な弱さではなく、身近な人を亡くした人に共通して起こる反応です。

とくに影響を受けやすいのは、第一発見者や、故人と親しかった人です。眠れない、悪夢を見る、故人のことが頭から離れない、といった反応が数週間から数か月続くこともあります。時間が経ってから、うつ病や不安障害のような形で表に出てくる人もいます。特に配慮が必要な人への個別対応や、外部の専門家につなぐ判断の基準は、従業員に大きな衝撃を与える出来事が起きたとき、企業がすべきことで扱っています。

自分を責めている人に対して、上司や同僚にできるのは、その問いに答えることではなく、気持ちを否定せずに聞くことです。「あなたのせいではない」と急いで断定するより、話したいときに話せる状態を保っておくほうが、長い目で見て本人の支えになります。


どこまで事実を伝えるかに、あらかじめ用意された正解はありません。遺族の意向に沿って判断し、そのうえで社内への伝え方や遺族への実務的な支援を淡々と積み重ねていきます。この姿勢が、遺された従業員にとっても、遺族にとっても、いちばんの支えになります。

※ 出典: 個人情報保護法第2条第1項、個人情報保護委員会FAQ「死者の情報は、個人情報保護法の保護の対象になりますか。」(e-Gov法令検索・個人情報保護委員会公式サイトによる)。労働契約法第5条(安全配慮義務)。厚生労働省・中央労働災害防止協会「職場における自殺の予防と対応」(労働者の自殺予防マニュアル作成検討委員会編)第2章・第6章「自殺後に遺された人への対応」。世界保健機関(WHO)「自殺予防を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識 2023年版」(日本語訳: 一般社団法人いのち支える自殺対策推進センター)。自殺総合対策大綱(令和4年10月14日閣議決定)。労働者災害補償保険法第12条の8・第16条・第16条の2(遺族補償給付)、同法施行規則第23条(事業主の助力・証明義務)。厚生労働省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発0901第2号)。厚生労働省労働基準局監督課「モデル就業規則」(令和7年12月版)。相続税法第12条第1項第7号、相続税法基本通達3-20・3-23(国税庁)。

江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。

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