従業員が事故で命を落とした、あるいは自ら命を絶ったという知らせが入った瞬間、何から手をつければいいかは、その場ですぐに判断できることではありません。大きな災害に見舞われたときも、不祥事や大規模な組織変更で社内が動揺したときも同じです。動揺した従業員にどう向き合うかは、どの場合も変わりません。起きてから考え始めていては、対応が後手に回ります。
こうした出来事が起きたあとも、従業員の心身の健康に配慮する安全配慮義務は変わらず企業に残り、危機が去ったあとも続きます。出来事の種類によって必要な配慮や手続きは異なります(社員が自ら命を絶ったときに固有の判断は社員が自殺したとき、企業が行うべきことで扱っています)が、初動で押さえる点は共通しています。
共通する初動の原則
出来事の種類は違っても、直後の対応には共通する原則があります。世界保健機関(WHO)は、心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)という考え方を示しています。深刻な出来事にあった人を支えるための方法で、世界中で広く勧められています。厚生労働省・中央労働災害防止協会が職場での自殺後の対応(ポストベンション)として示す原則も、同じ考え方に立っています。
正確な情報を、時期を逃さず伝える
わかっている事実とわかっていないことを分けたうえで、動揺を最小限にする形で伝えます。うわさが広がったり、逆に何も知らされない時間が続いたりすると、かえって動揺が長引きます。何を、どこまで社内外に伝えるかは、本人や遺族の意向を最優先に考える必要がある場面もあります。
起こりうる反応をあらかじめ伝えておく
眠れない、涙が止まらない、仕事に集中できないといった反応は、衝撃的な出来事のあとに起こる自然な反応です。それを知らないと、「自分だけがおかしいのではないか」とひとりで抱え込む人が出てきます。
気持ちを話す機会は用意するが、強制しない
話したい人が話せる場を用意することには意味がありますが、全員が同じように詳しい体験を話さなければならない、という雰囲気を作ってはいけません。WHOは、深刻な精神的苦痛を感じている人には、全員一律の聞き取り(心理的デブリーフィング)よりもPFAを勧めています。話す自由も、黙って聞いている自由も、どちらも大切にします。
直後・数週間・数か月で変わること
反応は、出来事の直後だけで終わりません。時間の経過とともに、必要な対応も変わっていきます。
クライシス対応で変わっていくこと
直後(当日〜数日)
安全の確保、正確な情報の共有
数週間
気持ちを話す機会、通常業務への移行
数か月後
節目の反応への個別のフォロー
直後の数日は、安全の確保と、正確な情報の共有が中心になります。その後の数週間は、気持ちを話す機会を用意しながら、通常業務への移行を進めます。落ち着いて見えても、数か月たってから不調が表に出る人もいます。命日や節目の時期に反応が強まることもあるため、時間が経ってからのフォローも欠かせません。
特に配慮が必要な人と、外部につなぐ判断
同じ出来事を経験しても、受ける影響の大きさは人によって違います。亡くなった人や被害者と特に親しかった人、現場に居合わせた人や第一発見者、すでに心の不調を抱えている人、自分に責任を感じている人は、他の人より重い影響を受けやすいとされています。こうした人には、全体への対応とは別に、個別に目を配ります。
社内のリソースで対応しきれないと感じたら、早めに外部の専門家につなぎます。産業医のいない会社では、外部の相談窓口を前もって決めておくと、慌てずに動けます。誰が何を担当するかを社内と外部の専門家で分けておくことも、ひとりで抱え込まないための備えになります。
大きな出来事が起きたとき、完璧な対応を最初から目指す必要はありません。正確な情報を伝え、起こりうる反応を説明し、話したい人が話せる場を用意する。この土台があれば、その後の個別の対応にもつなげていけます。
※ 出典: 労働契約法第5条(安全配慮義務、e-Gov法令検索による)。厚生労働省・中央労働災害防止協会「職場における自殺の予防と対応」(労働者の自殺予防マニュアル作成検討委員会編、2007年10月改訂第1版)第6章「自殺後に遺された人への対応」。心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)フィールド・ガイド(原著: World Health Organization, War Trauma Foundation, World Vision International, 2011年。日本語版: 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター「ストレス・災害時こころの情報支援センター」、ケア・宮城、公益財団法人プラン・ジャパン訳)。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。