工場の機械に袖口を引き込まれた同僚を、隣にいた人が助けようとして手を伸ばす。大けがを負った本人と、駆けつけたその家族が受ける衝撃は、何よりも大きいものです。助けようとした同僚など、その場に居合わせた人にも、見過ごされやすい痛みが残ります。
死亡したか、手足の一部を失うなど後遺障害が残ってしまったかで、その後数か月から数年続く対応は大きく変わります。
動揺した従業員への向き合い方や、直後・数週間・数か月で変わっていく対応の基本の考え方は、従業員に大きな衝撃を与える出来事が起きたとき、企業がすべきことで扱っています。工場の機械への挟まれや転落など、個人単位の労働災害では、この基本の考え方だけでは足りない場面がいくつかあります。
労働災害で従業員が被災
死亡した場合
遺族への対応が中心になる。原因が明確になりやすく、疑問は会社の安全管理に向かいやすい。
後遺障害が残った場合
本人の復職支援が中心になる。合理的配慮の提供義務が新たに関わる。
事故を目撃した・現場にいた同僚への対応
社員が自ら命を絶ったときと違い、労働災害の多くは同僚の目の前で起こります。とっさに助けようとして手が届かなかった人、事故の直後に駆けつけて対応した人は、単に知らせを聞いた人とは違う、重い経験をしています。
独立行政法人労働者健康安全機構(JOHAS)の「職場における災害時のこころのケアマニュアル」は、救援活動にあたった同僚を高リスク、被災者の同僚を中リスクに分類しています。高リスクの人には、救援活動が一段落し普段の仕事に戻る直前に労をねぎらい、関わった人たちを集めて気持ちを共有する場を作ることが効果的だとしています。
目撃した人には、自分を責める反応が起こりやすくなります。同マニュアルは、強い衝撃を受けた直後は自分自身を責めたり、自分に原因があるのではないかという感覚に襲われることがあると説明しています。
目撃した人は、こんな言葉で自分を責めることもあります。「詰まりを取れと言ったのは自分だ」「先週は自分も同じ手順を省略していた」——防げたはずだという思いは、本当は防げなかったとしても、その場にいたというだけで生まれます。
こうした反応の多くは、数日から1か月の間に自然に収まっていく急性の反応です。1か月を超えて悪夢や強い緊張が続く場合はPTSDを疑い、専門家につなぐ判断が必要になります。特に配慮が必要な人の見分け方や、外部につなぐ判断の基準は、従業員に大きな衝撃を与える出来事が起きたとき、企業がすべきことにまとめています。
同じ設備・現場に戻る前に
事故のあった機械や現場は、翌日には撤去されているわけではありません。同僚は多くの場合、同じ設備がある職場に戻って働き続けなければなりません。これは自殺や病死の場合にはない、労働災害に特有の状況です。「次は自分かもしれない」という恐れは、原因が分からないまま放置されるほど強くなります。
事業者は、労働者が労働災害により死亡または休業したときは、労働安全衛生規則第97条により、所轄の労働基準監督署長に報告する義務があります。死亡または休業4日以上の場合は遅滞なく、休業1〜3日の場合は四半期ごとにまとめて報告する区分になっています。
原因の調査は、会社を守るための手続きではなく、そこで働き続ける人が安心して機械の前に立てるようにするための作業です。何が原因で、何を変えたのかを、分かった範囲で従業員に伝えます。伝える内容がまだ確定していない段階でも、「今、何を調べているか」を伝えることは、うわさや思い込みが広がるのを防ぎます。
会社が従業員の生命・身体の安全に配慮しなければならないという安全配慮義務は、事故が起きたあとも変わらず続きます。同じ状況を繰り返さないための対策は、この義務を果たす具体的な行動であると同時に、そこで働く従業員への最も直接的な心のケアでもあります。
後遺障害が残った本人への対応
事故で手足の一部を失うなど後遺障害が残ってしまった場合、本人には身体の変化に慣れていくという、死亡事故にはない過程が続きます。以前できていた作業ができなくなったことへの喪失感、なぜ自分がという思い、変化した身体で職場に戻ることへの不安が重なります。事故直後の混乱が落ち着いたあとも、フラッシュバックや強い緊張状態が1か月以上続く場合は、PTSDを専門家に相談する必要があります。
復職には、障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)第36条の3が定める合理的配慮の提供義務が新たに関わります。
事業主は、障害者である労働者について、障害者でない労働者との均等な待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となつている事情を改善するため、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。(障害者雇用促進法第36条の3)
同法第2条第1号は、障害者を「心身の機能の障害により長期にわたり職業生活に相当の制限を受け、または職業生活を営むことが著しく困難な者」と定義しています。合理的配慮の対象になるかどうかは、この定義に当てはまるかで決まります。
障害者手帳の保有は、この義務が生じるための法律上の要件ではありません。厚生労働省のQ&Aも、事業主の判断で合理的配慮を提供する場合、必ずしも手帳や医師の診断書での確認を行わなくてもよいとしています。事故による後遺障害で新たにこの定義に当てはまった従業員も、手帳の申請・交付の有無にかかわらず、配慮の対象になります。
具体的な配慮は、本人の状態と職場の実情によって変わります。段階的に出社時間を延ばす、業務内容を組み替える、設備を調整するといった対応を、本人と話し合いながら組み立てます。復職支援の基本が示す「復職はゴールではなくリハビリの始まり」という考え方は、身体的な後遺障害からの復職にも当てはまります。
本人を迎える同僚の準備
受け入れる側の同僚にも、準備が必要です。以前と同じように接すればいいのか分からず、話しかけることを避けてしまう人もいます。逆に、自分が代わりに被災していたかもしれないという思いから、本人を前にすると気まずさを感じる人もいます。
本人が戻ってくる前に、管理職から「特別扱いはしなくていいが、聞かれたら答えられるようにしておく」といった具体的な振る舞い方を伝えておくと、職場の空気が重くなりすぎるのを防げます。
死亡した場合の遺族への対応
労働災害による死亡は、自殺と違い、原因の見当がつきやすいという特徴があります。機械の安全装置が外れていた、手順が守られていなかったなど、原因が比較的明確になりやすい分、遺族の疑問は「なぜ会社は防げなかったのか」という、会社の安全管理そのものに向かいやすくなります。分かっている事実は、はぐらかさず、後日でも必ず答える姿勢が欠かせません。
誠実に向き合う姿勢、生活手続きの補助、遺族自身の心のケアなど、遺族への対応に共通する部分は、社員が自殺したとき、企業が行うべきことの「遺族への対応」にまとめています。
労働災害の場合は、遺族が労災保険の遺族補償給付(労働者災害補償保険法第16条)を請求する際、会社に証明を求められることがあります。求められたときは速やかに証明する義務があり、これとは別に、葬祭にかかった費用に対する葬祭料(同法第17条)という給付もあります。
まとめ
事故が起きた直後は、目の前の対応に追われ、先を見通す余裕はなかなか持てません。それでも、目撃した同僚への配慮、原因の共有、本人の復職、遺族への対応は、それぞれ数週間から数年という別々のペースで進んでいきます。そこで働き続ける人たちのために何を残すかという考え方を持っておくことが、判断のぶれを防ぎます。
※ 出典: 労働安全衛生規則第97条(労働者死傷病報告。e-Gov法令検索による)。労働契約法第5条(安全配慮義務)。独立行政法人労働者健康安全機構「職場における災害時のこころのケアマニュアル」。障害者の雇用の促進等に関する法律第2条第1号・第36条の3、厚生労働省「障害者雇用促進法に基づく障害者差別禁止・合理的配慮に関するQ&A【第三版】」(A1-3-2・A1-4-2)。労働者災害補償保険法第16条(遺族補償給付)・第17条(葬祭料)、同法施行規則第23条(事業主の証明義務)。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。