同じ顧客から同じような言い方をされても、ある従業員は聞き流し、別の従業員は深く傷つきます。対応した従業員によって、会社の反応が強くなったり弱くなったりする——そんな職場に心当たりはないでしょうか。
厚生労働省の指針は、顧客等の言動によって労働者の就業環境が害されたかどうかを、「平均的な労働者の感じ方」という基準で判断するとしています。同じ状況で同じ言動を受けたとき、社会一般の労働者が、就業を続けるうえで見過ごせない支障が生じたと言えるかどうか——これが基準です。
「平均的な労働者の感じ方」とは何か
対応した本人がどれだけ強く感じたかだけでは、この基準を満たすとは限りません。基準は、特定の一人の感じ方ではなく、業種や会社の規模を問わない社会一般の労働者がどう感じるかで決まります。
カスタマーハラスメントに当たるかどうかは、①顧客等の言動といえるか、②社会通念上許容される範囲を超えているか、③労働者の就業環境が害されるものであるか、という3つの要素で決まります。①・②の詳しい見極め方はカスタマーハラスメントの該当性を見極める三つの着眼点で扱っています。ここでは③、就業環境への影響を判断する「平均的な労働者の感じ方」という基準を掘り下げます。
なぜ、本人の感じ方だけでは足りないのか
「平均的な労働者の感じ方」という基準の考え方は、もともとパワーハラスメントの指針で使われてきたものです。2018年、厚生労働省の検討会でこの基準を検討した際、判断に客観性が必要な理由として、本人の意に沿わないことがすべてハラスメントに当たるとなれば、上司が指導そのものをためらい、必要のない対立まで生んでしまうおそれがある、という意見が示されました。
カスタマーハラスメントでも、同じ構造の問題が起こります。対応した労働者の主観だけで「これはカスタマーハラスメントだ」とそのまま決めてしまえるなら、正当な苦情への対応まで一律に拒んだり、顧客対応そのものを及び腰にしてしまいかねません。指針が、社会通念上許容される範囲で行われた苦情や要望はカスタマーハラスメントに当たらないとしているのも、この線引きのためです。
一方で、明文化された基準がなければ、相談を受けた側が自分の感覚だけで「これくらい普通」と軽く扱ってしまうこともあります。この場合は逆に、労働者の就業環境が守られません。「平均的な労働者の感じ方」という基準は、この両方の失敗を避けるために置かれています。
基準がないと起こる2つの失敗
本人の主観だけで決める
- あらゆる言動を一律に扱う
- 正当な顧客対応まで萎縮
判断する側の感覚だけで決める
- 訴えを軽く見る
- 就業環境を守れない
個人の事情は、どこで考慮されるのか
個別の事情は、その言動がそもそも社会通念上許容される範囲を超えているかどうかを判断する場面で、考慮要素の一つとして挙げられています。指針は、労働者の属性や心身の状況も含めて総合的に考慮することを求めており、持病があるといった事情はここに含まれます。
相談を受け付ける段階でも、個別の配慮が求められます。指針は、相談者の心身の状況や、顧客等の言動をどう受け止めたかに配慮しながら、広く相談に対応するよう求めています。
この基準に、頻度による機械的な線引きはありません。同じ言動が何度も繰り返されたかどうかは考慮されますが、身体的または精神的に強い苦痛を与える態様の言動であれば、1回限りでも就業環境を害したと判断されることがあります。「平均的な労働者の感じ方」は、我慢の回数を数える基準ではありません。
誰が、どう判断するのか
実際にカスタマーハラスメントへの該当性を判断するのは、相談窓口の担当者や関係部門、あるいは会社が設ける専門の委員会です。相談者本人からの聞き取りに加え、必要に応じて周囲の労働者からも事実関係を確認し、録音・録画などの客観的な記録があればそれも踏まえて判断します。
専任の窓口を持たない会社でも、パワーハラスメント等ですでにある相談窓口と一本化して運用できます。詳しくはカスタマーハラスメント対策の義務化と中小企業がすべきことにまとめています。
行為者が自社の従業員であるパワーハラスメントでは、相談者と行為者の双方から話を聞くことが前提になっています。しかしカスタマーハラスメントの行為者は顧客等であり、会社が一方的に事情を聞ける相手ではありません。指針も、行為者から話を聞くのは必要かつ可能な場合に限る、としています。事実確認は、相談者からの聞き取りと、周囲の証言・記録が中心になります。
自分の感覚だけで決めていいのか、判断のたびに迷う——そんなことはないでしょうか。基準が「平均的な労働者の感じ方」という言葉で明文化されていることは、判断する人にとっても、根拠のある支えになります。
まとめ
客観的な基準を置くことは、労働者を守る力を弱めることではありません。判断の材料は増えますが、その分だけ、対応した担当者の勘や相性で結論が左右されにくくなります。自分の感覚だけで判断を閉じず、周囲の証言や記録も踏まえて「社会一般の労働者ならどう感じるか」を確かめること——それが、この基準を実際に機能させる使い方です。
※ 出典: 労働施策総合推進法第33条第1項(令和7年法律第63号による改正。2026年10月1日施行)、厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)2⑴・2⑸・2⑹・4⑵・4⑶、厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)2⑹・4⑶、厚生労働省雇用環境・均等局「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書(案)」(平成30年3月)13〜14頁。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。