職場の人間関係・ハラスメント

カスタマーハラスメントに一人で対応するしかないとき — 小規模事業所にできる備え

「対応を代わる」というよくある対処法は、代わりの人がいない職場では使えません。個人事業主や数名の職場が、一人体制のままでもできる備えをまとめました。

江原 和比己(東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー)

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この記事の要点

  • 対応を代わるという一般的な対処法は、代わりの人がいない小規模事業所では成り立たない
  • 事前に対応の線引きを決めておけば、その場で一人で判断する迷いを減らせる
  • 録音は後から事実を示す材料になり、書面への切り替えは対応の時間を作る手段になる
  • 社内に頼れる相手がいない分、外部の相談先を事前に確保しておくことが備えになる

「責任者を出せ」と客に迫られても、出す相手がいない。従業員が少ない事業所では、対応している本人が、すでにその「責任者」だからです。

労働施策総合推進法第33条は、顧客等からの言動のうち、次の3つの要素を満たすものへの対応を、2026年10月1日から事業主に義務づけます。

  1. 顧客等の言動であって
  2. その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものであり
  3. 労働者の就業環境が害されるもの

「顧客等」には、実際の取引相手だけでなく、取引先の担当者や、今後取引する可能性のある相手も含まれます。

定義の詳しい考え方は、カスタマーハラスメント対策の義務化と中小企業がすべきことにまとめています。対応を代わる相手がいない小規模事業所にとっては、代わりの手段をどう用意しておくかが、実務の出発点になります。

「対応を代わる」が、はじめから使えない現場がある

カスタマーハラスメント対策の一つに、対応を代わることがあります。理不尽な要求が続く相手に一人で向き合わせ続けず、管理監督者が引き継いで対応する、あるいは複数人で対応する体制に切り替えるという考え方です。管理監督者への引き継ぎは相手との間に距離を置く効果があり、複数人での対応は一人が抱え込まずに済む効果があります。

ただし、どちらも代わりの人が現場にいることが前提の対策です。個人事業主や、常時一人で対応している店・事務所では、その前提がそもそも成り立ちません。家族だけで営む店や、一人か二人で回している事務所でも、その場に代われる人がいつもいるとは限りません。対応する人が自分しかいないとき、「代わる」という選択肢は使えないのです。

小規模事業所では、事業主として対策を講じる立場と、実際に顧客に直接対応する立場が、同じ一人に重なります。事業主か労働者かという法律上の立場にかかわらず、対応する人が実際には一人しかいないという現実は変わりません。

対応そのものだけでなく、対応を支える体制も、事業所の規模によって手薄になりやすい傾向があります。

カスハラ対策に取り組んでいると回答した企業のうち、カスハラを受けた従業員が相談できる窓口を整えている割合は、2〜4人の企業で50.4%、全体で65.7%、1000人以上の企業で89.6%でした。人手や体制に余裕が少ないほど、事後に相談を受け止める体制まで手が回りにくいことを、この数字は示しています。

相談窓口の整備に取り組んでいる企業の割合(規模別)

2〜4人 50.4%
全体 65.7%
1000人以上 89.6%

(東京都産業労働局「令和7年度カスタマーハラスメントに関する実態調査報告書」, 2026年。カスハラ防止対策に取り組んでいると回答した企業〔n=1,822〕のうちの内訳)

だからといって、代わる相手がいない事業所に打つ手がないわけではありません。人を増やせない前提のまま、それでもできる備えがあります。

代われない前提でできる4つの備え

「対応を代わる」以外にも、一人体制のままでできることがあります。

代われない前提でできる4つの備え

1. 事前にルールを決めておく

迷いを事前に減らす

2. 使える手段を用意する

録音や書面への切替

3. 外部を代わる相手にする

相談先を事前に確保する

4. 事後のケアも外の力を借りる

気づいてくれる上司がいない分

1. 事前にルールを決めておく

一人で対応しているときにいちばんつらいのは、その場で「どこまで応じるか」「いつ切り上げるか」を、自分一人で判断し続けることです。判断の基準を事前に決めておけば、その場で迷う回数そのものを減らせます。

例えば、暴言や大声など威圧的な言動があれば、その時点で対応を打ち切る。十分に説明してもなお同じ要求が繰り返されるなら、あらかじめ決めておいた長さの時間が経過した時点で退去を求める。暴行や脅迫など犯罪にあたるかもしれない言動があれば、迷わず110番通報する。こうした線引きを、事が起きる前に自分の中で決めておきます。

決めておいても、実際にその場で線を引くのは簡単ではありません。相手が、なおもその場に居座り続けることもあります。それでも、基準が事前にあるかどうかで、その場での迷いの深さは変わります。

2. 人の代わりに使える手段を用意する

人を増やせなくても、人の代わりに使える手段はあります。

録音は、その場で言動を止める力こそありませんが、後から事実を示す材料になります。「防犯のため、通話・会話を録音しています」とあらかじめ掲示・案内しておけば、記録していることを伝えたうえで対応できます。録音・録画にあたっては、個人情報の取り扱いに注意が必要です。

即答を避けることも、一人でできる時間の稼ぎ方です。「確認してから、あらためてご連絡します」と伝え、電話やメールでのやり取りに切り替えれば、その場でのやり取りに区切りをつけられます。書面やメールに残しておけば、後で内容を確かめる材料にもなります。

ただし、相手がその場を離れず居座り続ける場合、この方法だけでは区切りをつけられません。要求してもなお立ち去らない状態が続くなら、まず自分の安全を優先し、1.で決めた基準どおりに、退去を求め続けるか110番通報に切り替えます。

こうした手段は、録音・録画の環境やメールの受付先を、あらかじめ用意しておかなければ、その場で急には使えません。

カスハラ対策に取り組んでいると回答した企業のうち、録音・録画環境を整えている割合は、2〜4人の企業で22.4%、全体で31.4%、1000人以上の企業で43.0%にとどまっています。録音・録画の備えは、事業所の規模によって整備が薄くなりやすいのが実情です。

録音・録画環境の整備に取り組んでいる企業の割合(規模別)

2〜4人 22.4%
全体 31.4%
1000人以上 43.0%

(東京都産業労働局「令和7年度カスタマーハラスメントに関する実態調査報告書」, 2026年。カスハラ防止対策に取り組んでいると回答した企業〔n=1,822〕のうちの内訳)

3. 外部を「代わる相手」にする

社内に代われる人がいない分、対応の一部を外部に任せることも必要になります。

弁護士に依頼すれば、通知書の送付や交渉そのものを弁護士名義に切り替えられます。対応していた人が直接やり取りをしなくて済む分、繰り返しの要求から距離を置けます。費用はかかりますが、悪質な要求が続く相手には、検討する価値がある選択肢です。

犯罪にあたるかもしれない言動への110番通報は、あらかじめ決めておいた基準どおりに動けば済みます。ただし、大声での威圧やしつこく同じ要求を繰り返すことなど、犯罪とまでは言えない言動もあります。そうした言動について通報しても、必ずすぐに動いてもらえるとは限りません。その前提で、他の備えもあわせて用意しておくほうが現実的です。

一人で抱え込む前に、弁護士や商工会議所など、いざというときに頼れる先を、あらかじめ何か所か控えておくことが備えになります。実際に困ってから探し始めるのでは、時間もかかります。

4. 対応した後のケアも、外の力を借りる

従業員を雇っている職場であれば、対応の後に上司が様子を尋ねる、無理に通常業務へ戻さないといった配慮ができます。詳しい直後対応の手順は、カスタマーハラスメントを受けた従業員への対応にまとめています。

一人で対応している経営者や店主には、意識してその役割を果たしてくれる上司がいません。家族や仲間がそばにいても、「対応の後に様子を尋ねる」役割を担う人が、あらかじめ決まっているとは限らないのです。自分で気づいて外に助けを求めない限り、ケアが始まるきっかけがないままになります。

代わりの人がいないのは、経営判断の失敗ではありません。人数が少ない事業には、もともと代われる人がいないというだけのことです。

その事実を引き受けたうえで、対応の記録を自分でつけておくことに加え、外部の相談窓口に定期的に話す機会を作っておけば、外の力を先に用意しておくことができます。相談先の選び方は、カウンセリングとはにまとめています。

※ 出典: 労働施策総合推進法第33条第1項(令和七年法律第六十三号による改正後。2026年10月1日施行)、厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)。相談窓口・録音録画環境の整備状況に関する統計は、東京都産業労働局「令和7年度カスタマーハラスメントに関する実態調査報告書」(2026年公表)による。同調査の数値は、カスタマーハラスメント防止対策に取り組んでいると回答した企業(n=1,822)のうちの内訳であり、全企業を母数とした割合ではない。

江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。

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