成果を上げても「大したことないです」と繰り返す部下が、単に謙虚なだけなのか、自己肯定感そのものが低いのかは、その場の言葉だけでは見分けにくいものです。日頃の関わり方を考えるうえで、この見極めが分かれ目になります。
自己肯定感とは何か
厚生労働省の職場のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」は、自己肯定感(セルフエスティーム)を次のように説明しています。
「自己肯定感あるいは自尊感情ともいい、自分自身を価値あるものとして尊重する感覚をいいます。基本的な価値を実感することにより、自分自身を信頼し、様々な事柄に前向きに取り組む意欲や満足感につながります。」
つまり自己肯定感の低さは、能力があるかどうかの問題ではありません。周囲からの評価が高くても、本人がその評価を自分のものとして受け止められないことがあります。
職場で見られる行動のサイン
- 成果を出しても「まだまだです」「たまたまです」と返す
- ちょっとした指摘を、仕事の改善点ではなく人格そのものへの否定として受け止める
- 頼まれると断れない、発言のたびに「すみません」を挟む
- 新しい仕事を頼まれると「自分には無理だと思います」と尻込みする
- 褒められると居心地悪そうに切り返す、褒め言葉をそのまま受け取らない
一つだけでは判断材料になりません。単なる謙虚さとの違いをどう見分けるかは、このあと説明します。
謙虚さとの違いを見極める
謙虚さ
- 成果は成果として認めたうえで、次の課題に目を向ける
- 指摘を、仕事のやり方の改善点として受け止める
- 場面によっては、自分の意見もきちんと主張する
自己肯定感の低さ
- 成果そのものを、自分の手柄として認められない
- 指摘を、能力や人格そのものへの否定として受け止める
- 場面を問わず、一貫して自分を後回しにする
見極めの手がかりは、場面によって変わるかどうかです。謙虚さは、必要な場面ではきちんと自己主張するという振れ幅を持ちます。一方、自己肯定感の低さは、成果を認められない・新しい機会を避けるといったパターンが、場面を問わず一貫して現れます。
単なる謙虚さだとわかれば、無理に評価を変えさせようとする必要はありません。一貫したパターンとして自己肯定感の低さが見える場合に、次のような関わり方が助けになります。
日々の関わり方でできること
- 具体的に認める。「すごいね」ではなく、「あの資料の◯◯の部分が良かった。おかげで□□につながった」と、何が良かったかを言葉にして伝える
- 結果だけでなく、取り組み方や工夫した点も言葉にする
- 新しい仕事は、少し背伸びすればできる大きさに区切って任せる。いきなり大きな仕事を任せるのではなく、少しずつ難しくしていく
- 指摘は行動に絞る。「その資料の数字の根拠が薄い」であって、「君は詰めが甘い」ではない
- 頼まれると断れない部下には、本人に「断れるように」促すだけでなく、依頼の量や優先順位を上司の側から調整する
やってしまいがちな失敗
- 根拠のない励まし、過剰な褒め言葉。褒められ慣れていない部下ほど、かえって居心地悪くなり、本音ではないと受け取ってしまうことがある
- 他の社員と比較して励ます(「〇〇さんもできたんだから」)。比較は、自己肯定感の低さをさらに悪化させやすい
- 遠慮して仕事を任せない、易しい仕事だけに留め続ける。本人を守っているつもりが、成長の機会を奪う結果になることがある
- 自己肯定感を「上げよう」と直接働きかける、本人が望んでいない研修や自己啓発を勧める。かえって「自分には問題がある」というメッセージになりかねない
上司と部下の適切な距離感の取り方で扱ったとおり、特定の部下だけに接し方を変えていないか、時々振り返ることも欠かせません。自分自身の過去の指摘の仕方や比較の仕方に、思い当たる節がないかも、あわせて確認しておきたいところです。
日常の指導と、ハラスメントとして扱うべき一線
厳しい指摘が続くと、自己肯定感が低い部下ほど、その指摘を人格全体への否定として受け止めやすくなります。ただし、指導が厳しいこと自体が直ちにハラスメントにあたるわけではありません。
厚生労働省の指針は、パワーハラスメントの類型の一つである「精神的な攻撃」として、人格を否定するような言動を行うこと、業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うことを、該当する例として挙げています。一方、遅刻など社会的ルールを欠いた言動が改善されない労働者に対して一定程度強く注意することは、該当しない例として整理しています。
| 日常的な指導としてありうる対応 | ハラスメントにあてはまる行為 | |
|---|---|---|
| 指摘の仕方 | 行動や成果物に絞って、改善点を伝える | 人格を否定する、能力を罵倒するような言い方をする |
| 叱責の場面 | 個別に伝える、必要な範囲で強く注意する | 他の労働者の面前で、大声で威圧的に繰り返し叱責する |
見極めの基準は、業務上必要な範囲を超えているか、人格そのものを否定する言い方になっていないかです。自己肯定感が低い部下に対しては、指摘の内容そのものよりも、伝え方が一線を越えていないかに気をつける必要があります。
深刻なサインが見えたら
自己肯定感の低さが、気分の落ち込みや涙もろさ、体調不良といった他の変化と重なって続いている場合は、社員の不調に気づいたときの対応フローの声かけ・つなぎ方に進んでください。自己肯定感の低さだけを切り離して「上げよう」とするより、専門家につなぐ判断が必要な場合があります。
また、自己肯定感の低さにつけ込むような言動が周囲から向けられている様子がある場合は、ハラスメント相談窓口の対応フローに進んでください。
見極めを誤れば、謙虚な部下を必要以上に構ってしまったり、自己肯定感の低さを放置してしまったりします。日々の関わり方の積み重ねが、部下が本来の力を発揮できるかどうかを左右します。
※ 出典: 厚生労働省「こころの耳」(働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト)用語集「セルフエスティーム」。パワーハラスメントの類型「精神的な攻撃」の該当例・非該当例に関する記述は、厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)による。根拠法は労働施策総合推進法第30条の2。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。