がんや糖尿病、心の不調などの治療を続けながら働く従業員への配慮は、2026年4月1日から会社の努力義務になりました。ただ、この支援がうまく機能するかどうかは、制度を整えることよりも、本人がどう向き合ってもらえるかにかかっています。
これは、長期間休ませるかどうかを決める制度ではありません。通院や服薬を続けながら、今の仕事をどう続けてもらうかを考えるしくみです。
対象になる労働者・疾病
厚生労働省の「治療と就業の両立支援指針」は、対象疾病を「医師の診断により、増悪の防止等のため反復・継続して治療が必要と判断され、かつ、就業の継続に配慮が必要なもの」と定義しています。がん、脳卒中、心疾患、糖尿病、難病といった体の病気だけでなく、うつ病や適応障害などの心の不調も、この定義に当てはまれば対象です。
診断名で機械的に決まるものではなく、医師が「通院・服薬を続ける必要があり、就業にも配慮が必要」と判断したかどうかが基準になります。対象は正社員に限らず、パート・有期契約・派遣など雇用形態を問いません。
申出から始まる支援と、そこにある本人の不安
支援は本人からの申出で始まります。申出を受けた会社は、主治医から症状・治療の状況を聞き、産業医等の意見を踏まえて、就業を続けられるかどうかを本人と話し合いながら決めていきます(具体的な手順は厚生労働省「治療と就業の両立支援指針」にまとまっています)。
ただ、この申出自体が本人にとって簡単なことではありません。「治療していることを伝えれば評価が下がるのではないか」「配置転換を打診されて、今の仕事を続けられなくなるのではないか」という不安から、申出をためらう人は少なくありません。
指針が「疾病にかかっていることを理由に安易に就業を禁止しない」ことを繰り返し求めているのは、こうした不安に応えるためでもあります。配置転換や作業時間の短縮など、できる工夫を検討したうえで、それでも難しい場合に限って就業を制限するという順序が前提です。
症状や治療の内容といった健康情報は、健康診断で把握した場合を除き、原則として本人の同意なく取得してはなりません。主治医の意見を求める際は、産業医等がいる場合はその人を通じて情報のやり取りを行うことが望ましいとされています。
心の不調も、この支援の対象に入っている
治療と仕事の両立支援というと、がんなどの体の病気を思い浮かべやすいかもしれません。ただ対象疾病の定義に診断名の限定はなく、うつ病や適応障害などの精神疾患も当然に対象になります。
むしろ心の不調は、体の病気以上に「職場にどう伝えるか」「どこまで話すべきか」という迷いが大きくなりがちです(背景には職場のメンタルヘルスの偏見があります)。診断名を詳しく尋ねる必要はなく、必要なのは、今の業務のどこにどんな支障が出ていて、どんな配慮があれば続けられるかです。
長期の休業が必要になった場合の職場復帰までの支援は復職支援の基本、休職の制度自体(賃金・社会保険・傷病手当金の扱い)は休職は法律で決まっていない、不調のサインへの気づき方は社員の不調に気づいたときの対応フローにまとめています。
上司・同僚にできること
- 通院や体調の波を、特別扱いではなく前提として業務を組み立てる。急な早退や休みが起きうる前提で、締め切りに余裕を持たせておく
- 治療の詳細を聞き出そうとしない。必要なのは「どのくらいの期間、どんな配慮が要るか」であって、症状や検査の結果そのものではない
- 誰にどこまで伝えるかは本人が決める。会社が代わりに説明したり、周囲の詮索に任せたりしない
- 時間単位の年次有給休暇、時差出勤、短時間勤務、在宅勤務といった選択肢を、相談が来てから考え始めない。あらかじめ使えるものを決めておけば、本人が待たされずに済む
50人未満の会社では
指針は、産業医等を「産業医、または労働者数が50人未満の事業場で労働者の健康管理等を行う医師」と定義しています。専任の産業医がいない会社でも、このしくみはそのまま使えます。申出を受ける体制として、次の3つを決めておきます。
- 相談窓口をまず決める。誰が申出を受け、どう主治医とやり取りするかを決めておかないと、実際に申出があったときに手順が固まらない
- 産業医等がいない場合の相談先を持っておく。都道府県の産業保健総合支援センターは、50人未満の事業場でも無料で相談できる(復職支援の基本で扱う地域産業保健センターと同じしくみです)
- 個人情報の扱いを決めておく。症状や治療の内容を扱う人の範囲を、あらかじめ絞っておく
この制度は、本人からの申出があって初めて動き出します。申出を受ける窓口と、産業医等がいないときの相談先を先に決めておくことが、治療を抱える本人が言い出しやすい職場をつくる最初の一歩になります。
※ 出典: 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和41年法律第132号)第27条の3(令和7年法律第63号による追加、令和8年4月1日施行)。厚生労働省「治療と就業の両立支援指針」(令和8年厚生労働省告示第28号、令和8年2月10日)。労働安全衛生法第62条・第66条・第68条、労働安全衛生規則第61条第1項・第2項(いずれもe-Gov法令検索による)。産業保健総合支援センターの無料利用については復職支援の基本で扱う地域産業保健センターと同じしくみによる。本ガイドは一般的な解説であり、個別の判断は産業医・主治医・社会保険労務士等にご相談ください。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。