従業員がバーンアウト(燃え尽き症候群)の兆候を見せたときは、気づき、声をかけ、相談窓口につなぐという対応が求められます(詳細は社員の不調に気づいたときの対応フロー)。
経営者自身が同じ状態になったとき、同じように気づいて動く仕組みは、制度の上では用意されていません。安全配慮義務や面接指導といった仕組みは、経営者ではなく従業員に向けて作られているからです。経営者の備え方は、従業員向けの仕組みとは別に考えておく必要があります。
バーンアウトの初期は、周囲から意欲的にしか見えない
バーンアウトに至る過程を12段階で描いたフロイデンバーガーとノースのモデルでは、最初の数段階は「自分の力を証明しようとする衝動」「いっそう働く」という形で現れます(詳細はバーンアウトが進行する12段階)。経営者・一人社長の場合、この段階の長時間労働や休日返上は「経営者だから当然」と受け止められやすく、周囲からも本人からも見過ごされやすくなります。
気づく仕組みは、経営者自身には向けられていない
会社が従業員の心身の安全に配慮する法律上の義務である安全配慮義務は、労働契約法第5条に「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定められています(詳細は安全配慮義務とは)。
この義務があるからこそ、会社は労働者の不調に気づき、動く法的な理由があります。しかし義務を負うのは使用者、配慮されるのは労働者です。経営者自身は使用者の側であり、この義務では守られません。
長時間労働者への面接指導(長時間労働者への面接指導とは)やストレスチェック後の措置も同様です。労働安全衛生法が事業者に求めているのは「当該労働者の実情を考慮して」対応することで、これもやはり労働者に向けたものです。
ラインケアや外部の相談窓口も、制度としては従業員が使うことを前提に設計されており、経営者に気づいて動いてくれる主体として向けられてはいません(会社が契約している外部の相談窓口のなかには、経営者本人が使えるものもあります。外部の相談窓口を、自分も使えると気づいた経営者の相談)。
つまり、経営者自身の不調に会社として気づき、動く法的な仕組みは、どこにもありません。これは経営者本人が鈍いからでも、周囲が無関心だからでもなく、こうした制度がそもそも労働者だけに向けられているからです。だからこそ、気づく接点は意図的に作らなければ生まれません。
従業員がいる経営者と、一人社長で「誰が気づくか」が変わる
日本政策金融公庫論集に掲載された研究(堀越ほか、2023)は、中小企業経営者291人への調査から、バーンアウトに最も強く影響するのは孤独だと示しています。
経営者の職務を代行できる人(代行者)がいる企業では、経営者の孤独感が和らぐ傾向が見られました。代行者がいることが、孤独をやわらげ、間接的にバーンアウトのリスクを下げる方向に働くと考えられています。同じ研究では、個人企業の経営者ほどバーンアウトのリスクが高い可能性も示されています。
役員や番頭格の社員がいる経営者であれば、日常的に顔を合わせる相手が変化に気づいてくれます。一方、従業員のいない一人社長は、社内で日常的に顔を合わせる相手を持ちにくい立場にあります。この違いは、誰が気づけるかという点で決定的です。
一人社長の場合、社外に定期的な接点を持つことが、社内で気づく人の役目を代わりに果たします。
顧問の税理士や社会保険労務士、同業者のネットワーク、外部の相談窓口など、定期的に顔を合わせ、近況を話す相手を意図的に持っておくことが、気づく仕組みそのものを作る作業になります(実際に相談へ踏み出した例は孤独を抱えていた一人社長の相談)。
本人が気づきにくい理由
自分自身の状態には、他人の変化以上に気づきにくいという事情もあります。12段階モデルでは、第6段階を「問題を認めなくなる」段階としており、無理をしている自覚そのものが薄れていく過程が描かれています。追い込まれている最中の人ほど、追い込まれている自覚を持ちにくいということです。
バーンアウトとうつ病を見分けるときは、兆候が仕事の場面に集中しているかどうかが一つの目安になります(バーンアウトの兆候の見分け方)。
ただし経営者、特に一人社長は仕事と生活がもともと区別しにくく、この目安が使いにくくなります。休日も経営のことを考え続けているのが日常だとすれば、「仕事の場面に集中しているか」で区別すること自体が難しくなるためです。
どちらなのかを自分で見極めようとせず、疲労感・仕事への距離感・効力感の低下という3つの兆候に早く気づくことを優先してください。
対応が遅れるもう一つの理由 — 休んでも収入が止まらない仕組みがない
気づいたとしても、休むという選択には、もう一段のハードルがあります。従業員として雇用されていれば、病気やケガで働けない間、健康保険から傷病手当金が支給され、おおむね給与の3分の2が最長1年6か月保障されます。
これに対し、国民健康保険に加入する経営者・個人事業主には、これに相当する法定の所得保障がありません。国民健康保険法第58条第2項は、傷病手当金を市町村・国保組合の条例や規約による任意の給付と位置づけており、義務ではありません。2022年の国会答弁でも、通常の傷病手当金を条例で定めている市町村は実質的にないことが確認されています。
「休めない」のは、根性が足りないからではありません。休んだ分の収入を補う法定の仕組みが、経営者自身には用意されていないためです。民間の所得補償保険で備えるか、事業の余力を減らすか、いずれにしても事前の備えなしに休むという選択は取りにくいのが実情です。
どう備えるか
気づく仕組みも、休むための収入の備えも、会社の外から自動的に与えられることはありません。次の2つを、不調が出る前に意図的に整えておくことが、現実的な対応になります。
1つは、定期的に近況を話せる相手を社外に持つことです。顧問の税理士・社会保険労務士、同業者のネットワーク、外部の相談窓口など、経営の話も含めて話せる相手であれば、変化に気づいてもらえる可能性が生まれます。従業員や役員がいる経営者であれば、日常の判断を任せられる代行者を育てておくことも、孤独感を減らす方向に働きます。
もう1つは、休んだときに収入が途絶えないための備えです。民間の所得補償保険への加入、事業を一時的に代行できる体制、当面の運転資金の確保など、方法は複数あります。どれを選ぶにせよ、不調が出てからでは比べて選ぶ余裕がなくなりやすいため、元気なうちに一度検討しておくことをお勧めします。東京メンタルヘルスでも、経営者自身からのこうした相談に応じています(WorkMindのプランとサービス)。
気づいてもらえる関係と、休める備えを、前もって整えておくこと。制度が経営者に向いていない分をこうして補っておくことが、経営者自身のバーンアウトへの現実的な向き合い方になります。
※ 出典: 世界保健機関(WHO)「Burn-out an “occupational phenomenon”: International Classification of Diseases」、2019年5月、2026年7月28日閲覧。労働契約法第5条、労働安全衛生法第66条の8第5項・第66条の10第6項、国民健康保険法(昭和三十三年法律第百九十二号)第58条第2項(いずれもe-Gov法令検索)、2026年7月28日閲覧。衆議院議員阿部知子君提出「国保加入者の休業時所得保障としての出産一時金、傷病手当金等の支給に関する質問主意書」(令和四年十二月二日提出、質問第四四号)および答弁書(内閣衆質二一〇第四四号、令和四年十二月十三日)、2022年12月、2026年7月28日閲覧。堀越昌和・尾久裕紀・金子信也・亀井克之・栗岡住子・オリビエ トレス「コロナ禍における中小企業経営者の健康問題と事業継続リスク——バーンアウトを代理変数とした探索研究」(日本政策金融公庫論集第60号)、2023年8月、2026年7月28日閲覧。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。