従業員から「離婚することになりました」と伝えられたとき、会社の側でまず始まるのは、健康保険と扶養の手続きです。ただ、そこですることは手続きだけではありません。
厚生労働省の人口動態統計によると、令和6年(2024年)の離婚件数は18万5904組でした。めずらしい出来事ではありませんが、制度の側に決まった入口がないため、どこまで対応するかは会社ごとに分かれます。
離婚を対象にした制度はない
慶弔休暇は労働基準法に定めのない休暇(法定外休暇)で、何を対象にするかは会社が決めます。結婚や身内の不幸に日数を定めていても、離婚を対象に含めるかどうかは就業規則次第です。
妊娠・出産や介護との違いは、動き出すきっかけが法律にあるかどうかです。妊娠中の女性が請求すれば、会社は負担の軽い業務に移さなければなりません。医師や助産師の指導があれば、勤務時間の変更や勤務の軽減をしなければなりません。介護については、従業員が40歳に達した年度などに、介護休業の制度を会社から知らせる義務があります。
離婚には、この入口がありません。会社が知るのは、本人が話したときか、氏名や被扶養者の届出が出たときです。本人がそれ以上を話さなければ、生活がどう変わったかは分かりません。
ただし、安全配慮義務は、何が原因かで線を引いていません。労働契約法第5条が定めているのは、労働者が生命・身体等の安全を確保しつつ働けるよう必要な配慮をすることだけで、その負担がどこから来たかは問いません。私生活で起きたことであっても、不調に気づきながら何も調整しなければ、責任を問われることがあります。
会社に届く手続きと、名前の扱い
離婚の届出そのものは本人と元配偶者の間の話で、会社は関わりません。会社に届くのは、離婚によって変わる情報のほうです。
| 変わること | 会社ですること |
|---|---|
| 氏名 | 労働者名簿を訂正する。給与明細や社内システムの表記は本人と決める |
| 住所 | 労働者名簿の住所を訂正し、通勤手当を計算し直す |
| 健康保険の被扶養者 | 元配偶者を被扶養者から外す届出を出す。子どもを新たに被扶養者にするときも届出が要る |
| 家族手当・扶養手当 | 就業規則の定めに沿って支給を見直す |
| 所得税の控除 | 本人から提出された扶養控除等申告書に基づき年末調整で反映する。ひとり親控除・寡婦控除にあてはまるかどうかは、本人が税務署や税理士に確認する |
どれも事務の手続きですが、本人の側から見ると意味が変わります。氏名を変えれば、名刺やメールアドレスを通じて社内に伝わります。被扶養者を外す届出は、家族構成が変わったことを会社に伝える作業です。手続きが一つ進むたびに、私生活の変化が職場に伝わっていきます。事情の説明を会社が代わりに行う必要はなく、誰に何を伝えるかは本人が決めることです。
養育費や婚姻費用(別居中の生活費)の取り決めが守られないと、給与の差押命令が会社に届くことがあります。離婚が成立していなくても、婚姻費用は別居中に生じるため、命令が届く場合があります。会社は当事者ではなく「第三債務者」の立場です。命令書に同封されている説明書に従い、判断に迷う場合は社会保険労務士・弁護士に確認します。社内で知る範囲は、給与計算の担当者にとどめます。
事情は尋ねない、配慮は申し出に応じる
離婚の前後には、引っ越し、子どもの転校、役所や金融機関の手続き、家庭裁判所での話し合いが重なることがあります。職場では、遅刻や欠勤が増える、集中しにくい、ミスが増えるといった形で表れることがあります。原因が私生活にあると分かっていても、不調に気づいたときの対応そのものは他の場面と変わりません。
会社から事情を尋ねる必要はありません。本人から配慮の申し出があったときに確認するのは、どの業務をどう調整すればよいか、いつまで続きそうかであって、何があったかの詳細ではありません。事情を根掘り葉掘り聞かないことと、本人が話したいときに話せる状態にしておくことは、両立します(身内を亡くした従業員への対応)。
離婚に特有の事情が3つあります。
期間が読めません。 話し合いで早く決まることもあれば、家庭裁判所の調停や裁判に進んで何か月も続くこともあります。身内を亡くしたときのように、区切りとなる日があるわけではありません。配慮を一度決めて終わりにせず、1か月後・3か月後と期限を区切って見直すほうが、本人も切り出しやすくなります。次に話す場がいつあるか決まっていれば、自分から言い出す負担が減るからです。
人事と上司で、知っていることがずれます。 手続きは人事や給与の担当者が扱うため、上司が知らないまま業務の調整だけが必要になることがあります。逆に、上司にだけ話して人事は知らないこともあります。誰が何を知っているかを確かめてから動かないと、本人が同じ説明を何度もすることになります。
社内に相談相手がいない場合があります。 上司や同僚が元配偶者と面識のある職場では、社内の誰かに話すこと自体が選びにくくなります。外部の相談窓口があれば、社内に話さずに相談する道が残ります。
社外からの問い合わせにも、別の配慮が要ります。元配偶者や身内を名乗る人から在籍や勤務時間、住所を尋ねられても、本人の同意なく答えないのが原則です(個人情報保護法第27条第1項)。
不調が続いて働き続けるのが難しくなった場合の扱いは、仕事が原因ではない他の病気やけがと同じです。休職の制度に法律上の定めはなく、就業規則に規定がなければ休職を命じる根拠もありません(休職は法律で決まっていない)。
子どもがいる場合の対応は、離婚の有無で変わらない
子どもを育てている従業員への対応は、離婚したかどうかに関係なく同じです。子の看護等休暇や時間単位の年次有給休暇など、育児と仕事の両立を支える制度はそのまま使えます(育児・介護と仕事の両立を支える、上司・同僚にできること)。保育園の送迎が一人になれば、始業・終業の時刻の扱いが問題になりやすくなります。
ひとり親家庭への公的な支援は市区町村が窓口です。制度の中身まで会社が説明する必要はなく、窓口がどこかを伝えられれば足ります。
50人未満の会社では、どこから手をつけるか
専任の人事担当がいない会社では、相談を受けてからその場で調べながら進めることになりがちです。あらかじめ決めておけることがあります。
- 手続きの手順を書き出しておく。氏名・住所・被扶養者・手当・年末調整の5つについて、誰が何をいつまでにするかを一枚にまとめておけば、本人に何度も聞かずに済みます
- 誰が知るかを決めておく。手続きに必要なのは人事・給与の担当者だけです。上司に伝えるかどうか、伝えるなら何を伝えるかは本人と相談して決めます
- 選べる働き方を決めておく。時差出勤・短時間勤務・在宅勤務・時間単位の年次有給休暇のうち、自社で運用できるものを決めておきます。相談を受けてから制度を考え始めると、本人が待つことになります
そのうえで、社外の相談先を持っておくことです。私生活のことを直属の上司に話すのは簡単ではありませんし、相談を受ける側も、どう答えるべきか迷う場面が出てきます。
離婚の前後は、住まいも生活費も同時に組み直す時期です。会社が用意できるのは、手続きを滞らせないことと、必要な配慮を期限を区切って決めることです。そのうえで、本人が一人で抱えずに済む相談先を示しておきます。これらを先に決めてあるかどうかで、相談を受けたあとの動きが変わります。
※ 出典: 労働基準法第39条第4項・第65条第3項・第107条、労働契約法第5条、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第13条、健康保険法施行規則第38条、所得税法第80条・第81条・第194条、民事執行法第151条の2、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第16条の2・第21条、個人情報の保護に関する法律第27条(いずれもe-Gov法令検索による)。離婚件数は厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計(確定数)の概況」。慶弔休暇が法定外休暇である旨は厚生労働省労働基準局監督課「モデル就業規則」第30条の解説による。本ガイドは一般的な解説であり、個別の判断は社会保険労務士・弁護士等にご相談ください。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。