令和6年の自殺者数は、男性13,801人、女性6,519人。男性は女性の約2.1倍にのぼります。「勤務問題」を原因・動機とする自殺に絞ると、男性2,146件に対し女性418件と、開きはさらに大きくなります。
この差の背景として指摘されているのが、男性は不調を感じても、相談する・助けを求めるという行動に移しにくい傾向です。ここで注意したいのは、不調そのものへの偏見の強さには、明確な男女差が見られないという点です(職場のメンタルヘルスの偏見にどう向き合うか)。差が表れているのは偏見の強さではなく、助けを求める行動そのものです。
相談をためらう人は、男性の方が多い
厚生労働省は2016年、20歳以上の男女2,019人を対象に「自殺対策に関する意識調査」を実施しました。「悩みを抱えたときやストレスを感じたときに、誰かに相談したり、助けを求めたりすることにためらいを感じるか」という問いに、「そう思う」「どちらかというとそう思う」と答えた人の割合は、男性52.4%、女性41.9%でした。
同じ調査を年代別に見ると、男性は50歳代・60歳代・70歳以上で割合が特に高くなっています。年齢を重ねるほど、ためらいが薄れるどころか、むしろ強まる傾向がうかがえます。
「相談する」という選択肢そのものが遠い
内閣府が2012年にまとめた「男性にとっての男女共同参画」に関する意識調査では、「悩みがあったら、気軽に誰かに相談するほうである」と回答した男性は、全体の約17%にとどまりました。一方で、女性の約59%は「夫には悩みがあれば気軽に相談してほしい」と回答しています。本人の実態と、周囲が望む姿の間に、大きなギャップがあることになります。
相談をためらうというより、そもそも「相談する」という行動が、日常のふるまいとして身についていない人が多いと考えられます。3つの項目とも、年代が高くなるほど肯定する割合は下がる傾向にあり、未婚者では50歳代・60歳代で「気軽に相談する」と答えた人が1割に満たないという結果も出ています。
背景にある「男らしさ」への期待
心理学の研究では、男性に対する社会的な期待——自立していなければならない、弱さを見せてはいけない、自分の問題は自分で解決すべきといった思い込み——が、助けを求める行動そのものと真正面からぶつかり合うことが指摘されています。誰かを頼る、問題があると認める、気持ちを言葉にする——これらは、どれもこの思い込みとぶつかってしまうのです。
先ほどの内閣府調査では、「男は弱音を吐くべきではない」という考え方そのものを、男性の約46%が肯定しています(女性の肯定は約18%)。弱音を吐きにくいという行動の傾向だけでなく、弱音を吐くべきではないという価値観そのものを、多くの男性が抱えていることになります。
米国の心理学者マイケル・アディスとジェームズ・マハリックは、2003年の論文で、なぜそうなるのかを理論としてまとめました。助けを求めることは「自分には問題を解決する力がない」と認めることのように感じられ、男らしくない自分だと感じさせやすいというのです。
同じ枠組みを引き継いだ心理学者ブライアン・コールとポール・イングラムは2019年、大学生の男性を対象にした研究を発表しました。そこでは、専門的な支援を求めることへの、弱さを認める恥ずかしさ(自己スティグマ)を、男性の方が女性より強く持つ傾向があることが報告されています。また、家族の死など自分の外側で起きた出来事による不調は相談しやすい一方、人間関係のむなしさのような自分の内側から来る不調は相談しにくいという傾向も、同じ研究で示されています。自分自身の弱さと直接結びつくと感じられやすいためです。
年代や立場が上がるほど、相談は遠くなる
内閣府の調査では、収入が高くなるほど「弱音を吐く」と答える割合が下がる傾向も示されています。年代・収入いずれの傾向も、厚生労働省の調査で50歳代以上の男性に「ためらい」が強く出ていたことと、同じ方向を指しています。
会社の中でこの傾向に最も当てはまりやすいのは、部下の様子に気づき、声をかける立場にある管理職や経営者自身かもしれません。社員の不調に気づいたときの対応フローでは気づく・声をかける・聴く・つなぐ・フォローするという初動を扱っていますが、この初動を担う側の人ほど、自分自身は相談しにくい立場にいる可能性があることは、見落とされがちです。
会社にできること
「メンタル大丈夫?」と直接尋ねる声かけは、不調そのものを言い当てられたと感じさせ、身構えさせやすいものです。遅刻や口数の減りなど、観察した事実から入る声かけのほうが受け止めやすいことは、社員の不調に気づいたときの対応フローで扱った通りですが、この点は男性社員に対して特に意識する価値があります。
相談を「弱さの告白」ではなく、具体的な選択肢として案内することも有効です。「話を聴くから」だけでなく「こういう窓口があり、こう使える」と、行動として示すことで、相談へのハードルが下がります。社内の人間関係とは関わりのない社外の窓口は、「知られたくない」という抵抗感を和らげる手段になります(EAPとは、外部カウンセリングとは)。話を聴く側の姿勢も重要で、評価せず、理解しようとする聴き方は部下の話を聴けるマネージャーになるにはで扱っています。
そして、気づき声をかける立場にある経営者・管理職自身も、例外ではありません。自分自身の相談先を日頃から持っておくことは、部下への対応を続けていくためにも必要です。
※ 出典: 警察庁・厚生労働省「令和6年中における自殺の状況」(自殺者数・原因動機の男女別内訳)。厚生労働省自殺対策推進室・警察庁生活安全局生活安全企画課「平成28年度自殺対策に関する意識調査」(相談や助けを求めることへのためらいの男女差、年代別傾向)。内閣府男女共同参画局「『男性にとっての男女共同参画』に関する意識調査報告書」(2012年3月、悩みの相談・弱音に関する意識の男女差、年代・収入との関連)。Addis, M. E., & Mahalik, J. R.(2003)"Men, Masculinity, and the Contexts of Help Seeking." American Psychologist, 58(1), 5-14.(男性役割規範と援助要請行動の心理学的枠組み。原著への直接アクセスができなかったため、同論文を引用するCole, B. P., & Ingram, P. B.(2019)"Where Do I Turn for Help? Gender Role Conflict, Self-Stigma, and College Men's Help-Seeking for Depression." Psychology of Men & Masculinities経由で確認)。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。