心の健康づくり

職場のメンタルヘルスの偏見にどう向き合うか

「不調は誰もがかかりうるもの」という理解が広がる一方、職場の偏見は今も相談や受診をためらわせています。偏見が根強く残る理由と、研究データが示す有効な対策を解説します。

江原 和比己(東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー)

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この記事の要点

  • 偏見(スティグマ)はまず受診や相談の遅れとして表れる。知られたくない、弱いと思われたくないという不安が窓口の利用を遅らせる
  • 国内13編の文献レビューでは、偏見をあまり持たない人の共通点は精神障害者と接した経験と精神疾患の知識の2点。明確な男女差は見られない
  • 普及啓発の前後で「精神疾患は誰もがかかりうる病気である」と考える人は46.4%から82.4%に増えたが、啓発だけでは限界があり、接する機会づくりのほうが効果的
  • 「甘え」「気合が足りない」といった言い回しが、不調を個人の弱さの問題として扱う空気をつくっていないか振り返ることも有効な対策

「メンタルヘルスの不調は、誰もがかかりうるものです」——この理解は少しずつ広がっていますが、実際の職場では、不調を抱える人への偏見が、今も相談や受診を大きくためらわせています。厚生労働省は「令和6年版厚生労働白書」で、こうした差別や偏見をスティグマと呼び、その解消をこころの健康に関する取り組みの大きな課題の一つとしています。偏見はなぜ根強く残るのか、何が有効な対策なのかを、研究データをもとに整理します。

偏見が職場に及ぼす影響

偏見の影響としてまず指摘されているのが、受診や相談の遅れです。国内の精神障害に対する偏見研究をまとめて調べた文献レビューでも、偏見は受診の遅れにつながるとされています。職場に置き換えれば、不調を感じても「知られたくない」「弱いと思われたくない」という不安から、相談窓口を使わない、あるいは使うタイミングが遅れるという形で表れます。

批判や評価を恐れずに話せる関係があってはじめて、話す・相談することの効果は働きます(対話・相談がもたらすメリット)。偏見は、この「話せる関係」そのものを壊してしまうものだといえます。相談や受診が遅れるほど不調は重くなりやすく、休職が長引けば、会社の負担も増えます(バーンアウトが会社にもたらすコスト)。

なぜ偏見はなくならないのか — 接触と知識の不足

2020年に発表された文献レビューがあります。国内の精神障害者に対する偏見に関する研究13編をまとめて調べたもので、偏見をあまり持たない人に共通する特徴は、精神障害者と接した経験があることと、精神疾患についての知識があることの2点だとされています。ただし同じ研究は、接触が多いほど偏見が弱まるとする文献と、そうとは言えない文献の両方があることも指摘しており、単純な一対一の関係ではなさそうです。それでも全体としては、接する機会や正確な知識が乏しいと、偏見が残りやすいと考えられています。なお、偏見の強さに男女で明確な差は見られていません。偏見は特定の人が特に強く持つものというより、接触と知識という条件が満たされているかどうかに左右されるものだと考えられます。

何が偏見を和らげるのか — 知識の普及と、共に働く経験

普及啓発活動による意識の変化

「精神疾患は誰もがかかりうる病気である」と考える人の割合
時点割合
啓発活動前46.4%
啓発活動後82.4%

(厚生労働省「精神疾患に関する理解の深化(普及啓発)の現状と論点(案)」, 2008年。櫻井友実ほか「日本における精神障害者に対する偏見の文献検討」作業療法39巻3号, 2020年に引用されたデータ)

同じ研究は、偏見を和らげる有効な対策として、精神障害者と「共に作業すること」と、普及啓発活動の2つを挙げています。厚生労働省が2008年にまとめた資料では、普及啓発活動の実施前後で「精神疾患は誰もがかかりうる病気である」という認識が46.4%から82.4%に上昇したことが報告されており、知識を伝えることの効果はこの数字にも表れています。

ただし、こうした啓発活動だけでは限界があることも指摘されています。特に統合失調症のような重い精神疾患への理解は遅れが指摘されており、医療関係者や報道関係者の間にも偏見が残っているとされています。知識を伝えるだけでなく、実際に接する機会をつくることが、より効果的な対策だと考えられているのはこのためです。

職場に当てはめると、不調を経験した社員が休職から復帰し、同じ職場で働き続けられる環境をつくることも、この「共に働く」接触の機会の一つだと考えられます。復職支援の仕組みそのものが、偏見を和らげる役割も担っているといえます(復職支援の基本)。

厚生労働省は2021年度から、地域や職場でメンタルヘルスの問題を抱える人やその家族に、傾聴を中心とした支援を行う「心のサポーター」の養成事業を進めており、2024年度からは都道府県等が主体となって全国で養成を担っています。知識の普及と、日常的な関わり方の両方を伝えようとする取り組みの一つだといえます。

会社にできること

取り組み 内容
正しい知識を共有する 「不調は誰にでも起こりうる」という理解を、管理職・従業員に共有する機会をつくる。研修という形でなくても、朝礼や社内報で伝える程度から始められる
相談したことが不利益にならないと明示する 相談や受診をためらう理由の一つは、不利な扱いを受けるかもしれないという不安。相談・申出を理由にした不利益取扱いは法律でも禁止されている(メンタルヘルス不調を理由にした解雇・降格は違法か
社外の相談窓口を用意する 社内の人間関係から離れた場所で相談できることが、偏見を恐れずに話せる環境をつくる(EAPとは
日常的に話を聴く関係をつくる 接触の機会を、危機が起きてから作るのではなく、日常の中に組み込む(部下の話を聴けるマネージャーになるには
復職した社員が働き続けられる環境を整える 休職を経た社員が、特別扱いも遠ざけもせず、同じ職場で働き続けられることが、接触を通じた偏見の軽減につながる(復職支援の基本

偏見は自覚のないまま、日常の言葉づかいに混ざり込みやすいものです。「甘え」「気合が足りない」といった言い回しが、不調を個人の弱さの問題として扱う空気をつくっていないか、時々振り返る機会を持つことも、知識の共有と同じくらい有効な対策です。

50人未満の会社での実践

産業医も専任の人事担当も置けない会社では、経営者や管理職の日々の言動が、そのまま職場の空気をつくります。大がかりな研修や制度を新設できなくても、日頃の会話の中で「不調は特別なことではない」という前提を言葉にする、相談したことを理由に不利な扱いをしないと明言する——こうした積み重ねが、接触と知識という、偏見を和らげる2つの条件を、限られた人手や予算の中でも満たすことにつながります。

※ 出典: 厚生労働省「令和6年版厚生労働白書-こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に-」第1部第3章第3節(こころの不調に対するスティグマの克服、心のサポーター養成事業について)。櫻井友実・橋本健志・四本かやの「日本における精神障害者に対する偏見の文献検討」作業療法39巻3号273〜281ページ、2020年(偏見が弱い人の属性、有効な介入、性差の傾向について。啓発活動前後の認識変化46.4%→82.4%は、同論文が引用する厚生労働省「精神疾患に関する理解の深化(普及啓発)の現状と論点(案)」〔第3回今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会資料3、2008年〕による)。

江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。

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