従業員から「妊娠しました」と伝えられたとき、まず頭に浮かぶのは産休に入る時期や業務の引き継ぎでしょう。ただ、その報告を受けた時点から会社に求められるのは、気配りではありません。男女雇用機会均等法、労働基準法、育児・介護休業法の3つが、それぞれ別の義務を会社に定めています。これらの義務は従業員数にかかわらず、数名の会社にも同じように生じます。
しかも、その多くは本人の請求か医師の指導があって初めて動く仕組みです。会社の側から制度を知らせなければ、使える措置があること自体が知られないまま、妊娠中の時期が過ぎてしまうこともあります。
妊娠の報告を受けた時点で動き出すもの
法律が会社に求めていることを、動き出すきっかけごとに並べると次のようになります。
| 会社がすること | 動き出すきっかけ |
|---|---|
| 健康診査・保健指導を受ける時間の確保 | 本人の申出 |
| 医師の指導に沿った勤務時間の変更・業務の軽減 | 医師等の指導(母健連絡カード等) |
| 産前休業(6週間、多胎妊娠は14週間) | 本人の請求 |
| 産後休業(8週間) | 請求がなくても就業させられない |
| 軽易な業務への転換 | 本人の請求 |
| 時間外労働・休日労働・深夜業の免除、変形労働時間制の適用制限 | 本人の請求 |
| 重い物を扱う業務など、有害な業務への就業制限 | 請求がなくても就かせられない |
| 育児休業制度の個別の周知と意向確認、両立に関する意向の聴取と配慮 | 妊娠・出産の申出 |
| 不利益な取扱いの禁止、ハラスメントの防止措置 | 常時 |
下から2行目の育児休業に関する義務は、制度を知らせて取得の意向を確認することに加えて、子が生まれた後の働き方について本人の意向を聞き、配慮することまでを含みます(育児・介護と仕事の両立を支える、上司・同僚にできること)。最下行の不利益な取扱いの禁止は、記事の後半で扱います。
多くは本人が請求して初めて動く仕組みのため、制度を知らない人は請求できません。妊娠の報告を受けたときに何が使えるのかを伝えることから、実際の対応が始まります。対象は正社員に限らず、パートタイム・有期契約・派遣・日々雇用される人も母性健康管理の措置の対象です(派遣の場合は派遣元・派遣先の両方に義務があります)。
なお法律上の「妊産婦」は、妊娠中の女性と産後1年を経過しない女性を指します。配慮が必要な期間は出産で終わりません。
健診と医師の指導が、業務の調整につながる
妊婦健診や保健指導を受ける時間を確保することは会社の義務です。通院日は本人が希望する日にし、有給・無給は話し合いで決めます(会社側から一方的に年次有給休暇を充てさせることはできません)。
妊娠週数の確認に診断書等の提出を求めることはできますが、母子健康手帳を証明として求めるのは、厚生労働省がプライバシー上好ましくないとしています。確保すべき頻度など運用の細部は、厚生労働省のパンフレット「働く女性の母性健康管理のために」に基準がまとまっています。
健診で医師等から指導を受けた場合、会社は本人がその指導を守れるように、勤務時間の変更や勤務の軽減などの措置を講じなければなりません。措置の内容は大きく3つに分かれます。
- 妊娠中の通勤緩和(時差通勤、勤務時間の短縮など)
- 妊娠中の休憩に関する措置(休憩時間の延長、休憩回数の増加など)
- 妊娠中または出産後の症状等に対応する措置(作業の制限、勤務時間の短縮、休業など)
医師の指導の内容を会社に正確に伝える様式として、厚生労働省は母性健康管理指導事項連絡カード(母健連絡カード)を定めています。多くの母子健康手帳にも同じ様式が載っており、主治医が症状と必要な措置を記入したものを本人が会社に提出して申し出ます。カードの提出がなくても、医師等から指導を受けたという申し出があれば会社は措置をとる必要があります。
措置として休業が必要になったときは、既にある私傷病休暇の制度で対応してもかまいません。ただし、私傷病による休業が一定期間続いたら退職とする規定を、妊娠・出産による休業にも当てはめると退職の強要にあたり、男女雇用機会均等法違反になります(休職制度そのものの考え方は休職は法律で決まっていない)。
心の不調も、この仕組みの対象に入っている
母健連絡カードで扱えるのは、つわりや貧血、腰痛といった体の症状だけではありません。カードの「措置が必要となる症状等」の選択肢には、「妊娠中・産後の不安・不眠・落ち着かないなど」という項目が置かれています。
厚生労働省は措置の例として、休業(入院加療・自宅療養)、勤務時間の短縮、ストレスや緊張を多く感じる作業の制限、通勤緩和、休憩の配慮を示しています。つまり心の不調も、医師の指導があれば業務の調整につながる仕組みになっています。
見落としやすいのは、こうした不調が産後に限らないという点です。日本人女性を対象にした調査をまとめて分析した研究(メタアナリシス)があります。それによると、うつ病がみられる割合は妊娠が進むにつれて増え、妊娠後期でもっとも高くなります。妊娠中と産後をまとめて比べると、妊娠中のほうが高いという結果でした。
産後うつという言葉のほうが知られているぶん、職場の関心は出産後に向きがちです。ただ、体調の変化、働き方を続けられるかという不安、周囲にいつ何を伝えるかという迷いが重なるのは、妊娠している期間も同じです。
上司や同僚の側でできることは、専門的な判断をすることではありません。
- 体調について聞くのは、業務の調整に必要な範囲にとどめる。必要なのは「どのくらいの期間、どんな配慮が要るか」であって、症状や検査の結果そのものではありません
- 眠れていない様子や集中の続かない様子が続くようなら、健診の際に主治医に相談することをすすめる。医師の指導が出れば、それは会社が措置を講じる根拠になります
- 業務量や締め切りの調整を、本人が申し出るまで待たない。妊娠の報告を受けた時点で、会社の側から話し合いの場を持ちます
不調のサインへの気づき方は社員の不調に気づいたときの対応フロー、社内では話しにくいことの相談先はカウンセリングとはで扱っています。妊娠の報告を受けた時点で相談先を伝えておけば、本人が必要になったときに自分で使えます。
産前産後休業と、流産・死産の場合
産前休業は出産予定日の6週間前(多胎妊娠は14週間前)から、産後休業は出産日の翌日から8週間取得でき、この間の出産手当金・社会保険料の免除は会社からの申し出で受けられます。
妊娠の報告
健診時間の確保、育児休業制度の周知と意向の聴取が始まる
妊娠中
医師の指導に沿った措置、請求による軽易業務への転換・時間外労働の免除
出産予定日の6週間前から
本人の請求により産前休業(多胎妊娠は14週間前から)
出産日の翌日から8週間
産後休業。請求がなくても就業させられない(6週間経過後は本人の請求と医師の判断により就業可)
産後1年まで
母性健康管理措置と労働基準法の保護の対象が続く
実務で見落としやすいのが、流産・死産の場合です。妊娠4か月以降であれば産後休業の対象になり、流産・死産の後1年以内は母性健康管理の措置も続きます(判断が分かれる場合は、厚生労働省「労働基準法のあらまし(妊産婦等)」で基準を確認できます)。
ただし、この期間に必要なのは制度の適用だけではありません。妊娠を職場に伝えていた場合、流産・死産をどう伝えるか、誰にどこまで話すかという判断自体が本人の負担になります。会社の側から報告や職場復帰を急かさない、産休・育休を見込んで進めていた引き継ぎや業務調整を本人の意向を確かめずに元へ戻さない、といった配慮が要ります。
厚生労働省も、体だけでなく心の面での配慮が必要な場合があるとしています。休暇の日数を計算して終わりにできる場面ではなく、本人の希望と体調を確認し、必要に応じて主治医の助言も得て対応します(近しい人を亡くした従業員への対応は身内を亡くした従業員への対応でも扱っています)。
妊娠を理由とする不利益な取扱いは禁じられている
ここまでの措置が特定のきっかけで動くのに対して、不利益な取扱いの禁止は常に守るべき線です。妊娠・出産や産前産後休業の取得、母性健康管理の措置を求めたことなどを理由とする解雇・雇止め・降格・減給・不利益な人事考課は禁じられており、妊娠や産前産後休業が終わってから1年以内にこうした取扱いをすれば、原則としてそれを理由にしたものと判断されます。
つわりなどの症状で仕事の能率が落ちたことを理由にした取扱いも、この禁止の対象に入ります。評価を下げる理由が「休みが多い」「以前ほど仕事が進んでいない」であっても、その背景が妊娠にともなう症状なら法律上の問題になります。
妊娠・出産等に関するハラスメントについて、相談に応じ適切に対応する体制を整えることも、会社の規模にかかわらず義務です。窓口はハラスメント全般で一つにまとめてかまいません(ハラスメント相談窓口の設置義務)。
50人未満の会社で、どこから整えるか
ここまで挙げてきた義務は、従業員の数によって対象から外れることがありません。数名の会社でも同じように適用されます。人事の専任担当もいない会社では、次の3つから手をつけるのが現実的です。
- 就業規則に母性健康管理の規定を置く。厚生労働省は、措置を確実に講じるために、取扱いや手続きをあらかじめ就業規則に定めておくことが重要だとしています。通院のための休暇を有給とするか無給とするかも、ここで決めておきます
- 判断に迷う場面の相談先を持っておく。母性健康管理の措置が講じられず紛争になった場合、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)が、調停などの紛争解決の援助を行っています。紛争になる前の相談先としても使えます。産業保健のスタッフと人事の担当が連携する体制を整えておくことも、厚生労働省が挙げる効果的な方法の一つです
- 一人しか担えない業務を減らしておく。急な通院や休業が必要になったときに業務が止まるのは、体制の問題です。手順や進捗を見える形にしておくことは、妊娠に限らずあらゆる休みへの備えになります
配慮が必要になったときに、その場の対応で乗り切ろうとすると、判断はそのときの担当者に任され、次に同じことが起きたときの基準が残りません。制度として書いておくことが、本人にとっても会社にとっても、迷いの少ない対応につながります。
※ 出典: 労働基準法第64条の3・第65条・第66条、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第9条・第11条の3・第12条・第13条、同法施行規則第2条の2、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第21条、健康保険法第102条・第159条の3、厚生年金保険法第81条の2の2(いずれもe-Gov法令検索による)。健診の頻度・運用の詳細は厚生労働省・都道府県労働局「働く女性の母性健康管理のために」(令和8年1月)、厚生労働省「働く女性の母性健康管理措置、母性保護規定について」、同「労働基準法のあらまし(妊産婦等)」、母性健康管理指導事項連絡カード(令和3年7月1日適用の様式)、厚生労働省「妊娠・出産・育児休業等を理由とする不利益取扱い」。労働基準法上の「出産」を妊娠4か月以上の分娩とする解釈は厚生労働省「労働基準法のあらまし(妊産婦等)」による。うつ病がみられる割合は徳満敬大ほか「国内における男女の周産期うつ病の有病割合 — 国内初のメタアナリシスの結果から」(精神神経学雑誌125巻7号、2023年)。本ガイドは一般的な解説であり、個別の判断は社会保険労務士・弁護士にご相談ください。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。