「メンタルヘルス不調があるから」という理由だけで従業員を解雇したり降格させたりすることは、原則として認められません。ただし、これは「メンタルヘルス不調のある人はどんな事情があっても解雇できない」という意味でもありません。実際に問題になるのは、その判断がどんな理由に基づいているか、会社としてどんな手順を踏んだ上での判断かという点です。
不利益取扱いを禁止する規定は、一つの法律にまとめて書かれているわけではなく、複数の法律にまたがっています。何がどの法律で禁止されているのかを整理します。なお、実際に解雇や降格を検討する場合は、本ガイドの内容だけで判断せず、弁護士・社会保険労務士にご確認ください。
「不利益取扱い」とは何を指すか
ここでいう不利益取扱いとは、解雇や雇止めだけを指すのではありません。降格、減給、不利な配置転換、退職勧奨なども含まれます。会社側に「不利益取扱いをした」というつもりがなくても、結果として従業員が不利な扱いを受けていれば、法律上の問題になり得ます。
すべての解雇に共通する原則 — 解雇権濫用法理
すべての解雇に共通する土台が、労働契約法第16条です。
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。(労働契約法第16条)
メンタルヘルス不調を理由にした解雇も、この条文で判断されます。「不調があること」自体は、それだけでは客観的に合理的な理由になりません。業務に具体的にどれだけの支障が出ているか、会社として改善のためにどんな手を尽くしたかが問われます。
よくある誤解 — 「休職中は解雇できない」の正確な範囲
「休業中の従業員は解雇できない」という理解は、半分正しく半分不正確です。労働基準法第19条は、次のように定めています。
使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。(労働基準法第19条)
条文が守っているのは、業務上のけがや病気で休んでいる期間と、産前産後の休業期間です(産前産後については妊娠中の従業員への配慮)。ポイントは「業務上」という言葉です。この解雇制限が及ぶのは、労災と認められたけがや病気による休業だけです。仕事とは関係のない私傷病でメンタルヘルス不調になり休職している場合、この条文による解雇制限は及びません。私傷病休職中の解雇は、就業規則の定めと、前述した労働契約法第16条の解雇権濫用法理によって判断されることになります。
とはいえ、これで解雇が自由になるという意味でもありません。療養させないまま解雇に踏み切れば、多くの場合、客観的に合理的な理由を欠くと判断されます。休職そのものの法的な位置づけや賃金・社会保険の扱いは休職は法律で決まっていない、復職までの実務の流れは復職支援の基本で扱っています。
障害者雇用促進法 — 精神障害も「障害者」に含まれる
障害者雇用促進法は、精神障害者を「障害者」に含めた上で、差別的取扱いの禁止と合理的配慮の提供を事業主に義務づけています。合理的配慮の提供義務は平成28年4月から法的義務です。
対象は手帳の有無で決まらない
この法律が対象とする「障害者」は、次のように定義されています。
身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。第六号において同じ。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者をいう。(障害者雇用促進法第2条第1号)
厚生労働省のQ&Aは、この対象が障害者手帳の有無によって限定されないことを明確にしています。手帳を持っていなくても、状態が長期にわたり、職業生活に相当の制限を受けている場合は、この法律の対象になり得ます。一方で、「病気等により一時的に職業生活に制限を受ける方」は対象に含まれないとも説明されています。一時的な不調と、長期化した不調とでは、法律上の扱いが変わるということです。
差別的取扱いの禁止と合理的配慮
事業主に義務づけられているのは、次の2つです。
- 差別的取扱いの禁止(第35条)。賃金、教育訓練、福利厚生施設の利用その他の待遇について、障害者であることを理由に不当な差別的取扱いをしてはならない
- 合理的配慮の提供義務(第36条の2・第36条の3)。障害の特性に合わせて、無理なく仕事を進められるように必要な対応をすること
厚生労働省のQ&Aは、どのような場合が差別に当たるかを具体例で示しています。降格や解雇についても、次のような場合が差別に当たるとされています。
- 働きぶりではなく、単に障害があるという理由だけで、降格や解雇の対象とすること
- 障害者でない従業員については成績が最低の者のみを対象とするが、障害者については成績が平均以下の者まで対象を広げること
逆に言えば、働きぶりや出勤の状況をきちんと評価したうえでの判断であれば、それ自体が差別になるわけではありません。ただし、この「適正な評価」には条件があります。厚生労働省のQ&Aは、過重な負担にならない範囲で合理的配慮を提供した上で評価することが前提だとしています。配慮を尽くさないまま行った評価は、適正な評価とは言えません。
メンタルヘルス対策が合理的配慮を兼ねることもある
合理的配慮というと、障害者雇用促進法のためだけに新しく何かを整える必要があるように聞こえますが、そうとは限りません。厚生労働省のQ&Aは、企業がすでに行っているメンタルヘルス対策や、安全配慮義務にもとづく対応が、結果として合理的配慮を満たしている場合があるとしています。日頃からラインケアや相談窓口を整備しておくことが、そのまま法律上の義務を果たすことにもつながります。ラインケアの基本はラインケアとは何かにまとめています。
相談したことを理由にした不利益取扱いも禁止されている
解雇や降格の場面とは別の角度から、「相談したこと」「申し出たこと」自体を理由にした不利益取扱いを禁止する規定もあります。
- ハラスメントの相談をしたこと、事実確認に協力したことを理由にした不利益取扱いは、労働施策総合推進法第30条の2第2項で禁止されています(詳細はハラスメント相談窓口の設置義務)
- ストレスチェックで高ストレスと判定された人が面接指導を申し出たことを理由にした不利益取扱いは、労働安全衛生法第66条の10第3項で禁止されています(詳細はストレスチェック制度と50人未満の事業場)
いずれも、「不調そのもの」ではなく「相談・申出という行動」を理由にした不利益取扱いを禁じている点が共通しています。相談したことで不利になるという不安があると、従業員は正直に相談できなくなり、制度そのものが機能しなくなるためです。
何が禁止されているかの全体像
これらの規定を整理すると、次のようになります。
| 法律 | 禁止される場面 | 対象 |
|---|---|---|
| 労働契約法第16条 | 客観的合理的理由・社会通念上の相当性を欠く解雇全般 | すべての労働者 |
| 労働基準法第19条 | 業務上の傷病による休業期間中及びその後30日間の解雇 | 労災認定された傷病による休業に限る |
| 障害者雇用促進法第35条 | 賃金・降格・解雇等の待遇全般での、障害を理由にした不当な差別的取扱い | 精神障害を含む障害者(手帳の有無を問わない) |
| 労働施策総合推進法第30条の2第2項 | ハラスメント相談・事実確認への協力を理由にした不利益取扱い | すべての労働者 |
| 労働安全衛生法第66条の10第3項 | ストレスチェックの面接指導申出を理由にした不利益取扱い | すべての労働者 |
裁判例に見る実務上の教訓
精神的な不調による欠勤を、単純な「無断欠勤」として処理してしまい、処分が無効と判断された裁判例があります。日本ヒューレット・パッカード事件(最高裁判所第二小法廷、平成24年4月27日判決)です。
精神的な不調を抱える従業員が、約40日間欠勤を続けたことを理由に諭旨退職(退職を勧告する処分)を受けた事案で、最高裁は次のように述べています。
精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者としては、精神科医による健康診断を実施するなどした上で、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべき
欠勤という事実だけを見れば、就業規則違反に見えるかもしれません。しかし最高裁は、その背景に精神的な不調がうかがえる以上、会社は専門医の診断や休職の検討といった対応を経てから処分を判断すべきだとしました。この考え方は、解雇権濫用法理・合理的配慮の両方に共通する土台になっています。
解雇・降格の前に踏むべき4つの手順
以上を踏まえると、メンタルヘルス不調が絡む場面で会社が踏むべき手順は、次のように整理できます。
解雇・降格の前に踏むべき4つの手順
1. 気づく
勤怠の乱れや言動の変化に気づく
2. 確認する
本人の状態を把握し、専門医の受診をすすめる
3. 配慮する
休職や業務調整など、合理的配慮を検討する
4. 判断する
配慮を尽くした上で、なお改善しない場合に処分を検討する
この順番を飛ばして、いきなり4番目の判断に進むことが、解雇や降格が無効と判断される主な原因になっています。不調のサインへの気づき方は社員の不調に気づいたときの対応フローにまとめています。
中小企業が実務で気をつけること
産業医や専任の人事担当がいない会社でも、押さえておきたい点は次の3つです。
- 判断の記録を残す。いつ、どんな配慮を検討し、なぜその判断に至ったかを記録しておくことが、後になって「配慮を尽くした」ことを示す根拠になります
- 専門家の意見を挟む。解雇や降格に踏み切る前に、産業医や外部の専門機関の意見を聞く一手間が、判断が正しいかどうかを大きく左右します
- 相談窓口を機能させておく。本人が不調を早めに相談できる窓口があれば、事態が深刻化する前に配慮を検討する余地が生まれます
まとめ
メンタルヘルス不調を理由にした解雇や降格が、一律に禁止されているわけではありません。ただし、不調があるという事実だけを処分の理由にすることはできず、会社がどんな手順を踏んだかが問われる仕組みになっています。気づき、確認し、配慮した上での判断であれば、法的なリスクを大きく下げることができます。
※ 出典: 労働契約法第16条、労働基準法第19条、障害者の雇用の促進等に関する法律第2条第1号・第35条・第36条の2・第36条の3、労働施策総合推進法第30条の2第2項、労働安全衛生法第66条の10第3項(いずれもe-Gov法令検索による)。障害者雇用促進法の合理的配慮の対象範囲・差別事例は厚生労働省「障害者雇用促進法に基づく障害者差別禁止・合理的配慮に関するQ&A」(第三版)による。裁判例は日本ヒューレット・パッカード事件(最高裁判所第二小法廷平成24年4月27日判決、平成23年(受)第903号、裁判集民事240号237頁)。本ガイドは一般的な解説であり、個別の判断は弁護士・社会保険労務士にご相談ください。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。