相談窓口やEAP(従業員支援プログラム)の導入を考えるとき、費用に見合う効果があるのかどうかは、誰もが気になるところです。ただしこれは、かけたお金に対して何倍になって返ってくるかという計算では測れません。効果の中身は従業員一人ひとりの受け止め方や使われ方によって変わり、金額に単純に置き換えられないからです。実際には、何も手を打たない場合にすでに発生している損と、導入する場合にかかる費用を比べます。
対策をしない状態にも、すでにコストがかかっている
従業員が働き続けられずに辞めたり、休職になったりすれば、会社には代わりの人を採用する費用がかかります。就職みらい研究所「就職白書2020」によれば、2019年度の中途採用1人当たりの平均採用コストは103.3万円です(新卒採用は93.6万円)。これは相談窓口やEAPがあるかないかにかかわらず、誰かが辞めるたびに起きる損です。
加えて、小さな事業所ほど、そもそも根づくことが難しいという傾向もあります。厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」によれば、大学卒業者の3年以内離職率は、従業員1,000人以上の事業所で27.0%です。これに対し、5〜29人の事業所では52.0%、5人未満の事業所では57.5%にのぼります。
事業所の規模が小さいほど、離職率が高い傾向がはっきり表れています。
このほか、出勤していても本来の力を発揮できない状態(プレゼンティーイズム)で、損が表に出にくいまま起きています。詳しくはバーンアウトが会社にもたらすコストで扱っています。手を打っていてもいなくても、いずれの損も会社がすでに負っています。問題は、その変化のサインに早く気づき、重くなる前に手を打てる仕組みが社内にあるかどうかです。
相談窓口・EAPが効くのは、コストが膨らむ手前の段階
従業員の不調は、早い段階で気づいて対応すれば、休職や離職になる前に収まることもあります。管理職が日頃の変化に気づける仕組みや、従業員自身が会社を通さず専門家に相談できる窓口があることは、この早い段階での対応を後押しします(管理職向けの対応フローは社員の不調に気づいたときの対応フローを参照)。
加えて、対応に迷う管理職自身が専門家に相談できる仕組みも、EAPの標準的な機能です(詳しくは部下対応や職場の課題、管理職・人事はEAPに何を相談できるか)。部下にどう声をかければいいか分からず、一人で抱え込む管理職がいます。この管理職が減れば、対応の遅れやばらつきによって状況が悪くなる場面も減らせます。
相談窓口・EAPの効果は、こうした「重くなる手前の一手」が実際に使われた場面でこそ感じやすいと考えられます。逆に言えば、あるだけで使われていなければ、費用に見合う効果は生まれません。
法令の備えとしての土台になる
ハラスメント相談窓口の設置は、会社の大きさに関係なくすべての事業主の義務です(2022年4月から。ハラスメント相談窓口の設置義務)。2026年10月1日からは、カスタマーハラスメントへの防止措置も同じ枠組みの義務になりますが、窓口は新しく作らず一つにまとめて使えます(カスタマーハラスメント対策の義務化と中小企業がすべきこと)。ストレスチェックも、2025年5月公布の改正労働安全衛生法により、50人未満の事業場でも実施しなければならなくなります(施行日は2028年4月1日)。詳しくは50人未満の事業場とストレスチェック制度の基本にまとめています。産業医の選任義務がない50人未満の会社ほど、こうした備えをしておく必要性が高まります(EAPとは)。
ただし、相談窓口・EAPを導入すれば、これらの義務にそのまま対応できるわけではありません。どこまでが事業者の提供範囲で、どこからが会社側の責任として残るかは、事業者によって差があります(中小企業の相談窓口・EAPの選び方チェックリスト)。相談窓口・EAPは、法令への備えの土台にはなりますが、対応を代わりに終わらせてくれるわけではありません。
費用側で何を数えるか
相談窓口・EAPの料金の仕組みは、従業員数に応じた課金か、人数によらない定額かで大きく変わります。自分の会社の従業員数で計算した1年間の合計金額がいくらになるかで比べるのが基本です。無償で使える公的な窓口や、費用の一部が助成される制度もあります。詳しくは相談窓口・EAPにかかる費用にまとめています。確かめておきたいポイントは中小企業の相談窓口・EAPの選び方チェックリストにまとめています。
見落とされがちなのが、契約後にかかる手間です。窓口を設置しただけでは従業員に使われず、社内に知らせることや定期的なリマインドが必要になります(周知文のひな形は相談窓口の社内周知文テンプレート)。この手間を事業者が引き受けてくれるかどうかも、実際にかかる費用の一部として数えておきたいところです。
対応範囲によっても合計金額は変わります。相談対応だけのサービスと、管理職への助言・研修・危機対応まで含むサービスでは、当然かかる費用も違います(EAPにはどんな種類があるか)。費用対効果を考えるときは、「相談窓口があるかないか」ではなく「どこまで対応してくれるか」で比べます。
判断の責任は、会社に残る
相談窓口・EAPを導入しても、部下対応や職場の課題についての判断を代行してくれるわけではありません。専門家からの助言(コンサルテーション)は、実際にやるかどうかを決める材料であり、決めることそのものではありません(部下対応や職場の課題、管理職・人事はEAPに何を相談できるか)。厚生労働省の指針も、外部の専門機関に頼りすぎないよう注意を促しています。同じ指針は、メンタルヘルスケアを進めるのは自分たちの仕事だという意識を、会社が失わないようにとも述べています。
費用対効果を考えるときも同じことが言えます。「導入すれば会社の負担がなくなる」と期待して使い始めると、実際には見込みとのずれを感じることがあります。相談窓口・EAPに任せられることと、会社に残ることを最初に分かっておくことが、費用に見合う使い方につながります。
※ 出典: 中途採用・新卒採用1人当たりの平均採用コスト(2019年度、103.3万円・93.6万円)は株式会社リクルート 就職みらい研究所「就職白書2020」による。事業所規模別の新規学卒就職者(大学卒業者)の3年以内離職率(5人未満57.5%、5〜29人52.0%、1,000人以上27.0%)は厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」(令和7年10月24日公表)による。ハラスメント相談窓口の設置義務(2022年4月〜)は労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)による。ストレスチェックの50人未満事業場への義務化(施行日2028年4月1日)は2025年5月公布の改正労働安全衛生法(令和7年法律第33号。施行日は2026年6月10日公布の政令〔令和8年政令第195号〕により確定)による。事業場外資源に頼りすぎず自分たちの仕事だという意識を失わないよう注意を促す記述は、厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(平成18年3月31日 健康保持増進のための指針公示第3号、平成27年11月30日 同第6号により改正)の5「4つのメンタルヘルスケアの推進」(4)事業場外資源によるケアによる。
※ 江原 和比己(えはらかずひこ)—— 東京メンタルヘルス株式会社 取締役/産業カウンセラー/日本ブリーフサイコセラピー学会 正会員。IT領域で約25年のキャリアを経て産業カウンセラーに転身。AIを活用したメンタルヘルス支援の社会実装に取り組む。